第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
「こ、これでいいだろう!私は言う通りにしたぞ!!」
「ええ、よくできました。では、もう少し大人しくしていてもらいますね」
氷雨は銃を腰のホルダーにおさめると、男の前まで進んできて腰を落とした。コートの内ポケットから手錠を2つ取り出す。相手に抵抗する様子がないことを再確認して、彼女はそれで男の両手と両足を拘束した。
「大丈夫、私の目的は貴方を殺すことではありません」
ニコリと、彼女はもう一度男へ微笑みかけた。男はわかったとばかりに何度も頷くが、顔色は相変わらず蒼白なままだ。
氷雨は、彼をそのままにしてメインコンピュータへと標的を移す。
ーーほぼ想定どおりの展開。
一般人が混ざっていたのは誤算だが、彼が賢い人間だったおかげで外の状況を把握することができた。
先程の嘘の証言をあっさり信じたということは、ベルフェゴールのほうも上手くいったのだろうと推測できる。もちろん、一般人だと主張する男が実はこちら側の人間で、隠語を使って仲間に連絡した…と考えられないこともない。が、その時はその時。
それよりも重要なのは、ここから必要なデータを速やかに盗み出すことだ。
氷雨は、データベースを起動するとセキュリティの解除に取り掛かった。
きっかり15分後。彼女の懸念をよそに、ミルフィオーレから茶々が入ることはなく、必要なデータは持ち込んだUSB端末にすべてダウンロードできた。
氷雨は、ふう、と息を吐き出した。これで上手く逃げ果せれば任務達成だ。
「っと、その前に」
思い出したように振り返ると、壁に背を預けてシステムエンジニアの男は変わらずそこに座り込んでいた。彼女が振り返ったことに気付くと、男は途端に体を強張らせる。
氷雨は彼に歩み寄り、その両手両足を拘束していた手錠を馴れた手つきで外す。それを懐にしまって立ち上がり、ニコリと人当たりの良い笑みを浮かべる。
「大人しくして下さって、ありがとうございました。失礼します」
氷雨は、男に背を向けて歩き出す。