第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
5分も保たずして、警備システム室とコンピュータルームはたった二人のヴァリアー隊員に奪取された。
氷雨は、銃の引き金に指をかける。銃口の先には三十代前後の男性が顔面蒼白で腰を抜かしていた。彼は、ガタガタと震えながら彼女が頼まないうちから矢継ぎ早に話し出す。
「た、助けてくれ!私は一般人なんだ!」
曰く、男はシステムエンジニアで、ここのデータベースのセキュリティを解除する仕事を請け負った。金払いの良い仕事だから引き受けたが、マフィアを相手にしているとは思っていなかった。自宅には身重の妻がいる。いま自分が死ぬわけにはいかない。なんでもする。アンタのことは誰にも言わない。助けてくれ。頼む。お願いです。後生だから。
瞳孔の開いた目を見張り、男はお願いしますと繰り返す。
氷雨は、カツンとヒールを鳴らして男へと一歩近付いた。びくりと男の体が強張る。彼に銃口を向けたままで、氷雨は傍らに倒れているミルフィオーレ隊員から無線機を奪い取ると、蒼白い顔色のまま冷や汗をかいている男に向かってそれを投げた。無機物が床に落ちる音が響く。
男は、目の前に転がった無線機と自分に銃口を向けている女の顔を交互に見た。女は、ニコリと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「あなたの雇い主に連絡してください。この部屋に異変はない、と」
「わ、わかった!すぐにやる!」
彼は床に這い蹲るようにして無線機を拾い上げた。実際に使うのは初めてだが、傍らでここの連中がそれを操作している姿は何度も見ている。操作方法は考えなくてもなんとなくわかっていた。
「通信室。応答してくれ」
『こちら通信室!そこにも侵入者か!?』
「ち、違う!私と一緒にいた者たちが、救援要請を受けたと言って出て行ってしまった。わ、私はどうしたらいい」
『おまえ……先日雇ったSEか。此方は忙しい!そのまま待機していろ。コンピュータルームに異常はないんだな』
「ああ、わかった。ここに異常はない」
『よし。なにかあったら、また連絡しろ。以上だ』
「わかった」
男は通信を切ると、ふたたび床に無線機を置いて女を見上げた。まるで縋るような視線だ。