第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
「ーーすみません。ヴァリアーから着信が入りました、何か情報を掴んだのかも。はい、後程こちらから掛け直します。失礼します」
早々に話を切り上げて通話を切り、割込みしている着信に素早く繋げる。電話口の向こうからの声はない。
氷雨は、ようやく耳から携帯電話を離すと、盛大に息を吐いた。
「ありがとう、ベル。助かったよ」
「ししっ、貸しイチな」
「あはは、了解」
静かになった携帯電話をテーブルの上に置き、氷雨はベルフェゴールの隣に腰を下ろす。その顔には疲労の色が見えた。
「はーー、もう電話鳴りっぱなし!さすがに疲れたよ」
「いっつもあたりかまわず余計な愛想振りまいてっからだろ。ジゴージトク」
「リップサービスって言葉知ってる?」
「知ってるよ、オレはね」
ーーわかってないのは、ボンクラオヤジどものほう。
ニイ、と口角を上げてベルフェゴールは心底楽しそうに笑った。艶のある黒髪に指を通して弄びながら、女の細い肩を抱き寄せる。自分を見上げる漆黒の瞳は、今日もまた己の姿をその黒に映している。
この髪も、この瞳も、この肩も
この声も、この指も、この唇も
全部がオレのモノなのに
性悪女に騙されちゃって
カワイソーなやつら
骨張った男の指が氷雨の顎を持ち上げた。それだけなら御伽噺のワンシーンのような柔らかな手付きに流されそうになって、彼女はハッと我に返った。慌ててベルフェゴールの胸を両手で押してみるが、ビクともしない。
「ベル、待って!先に仕事の話を…っ」
「やだね」
だって、もうベルフェゴールは十分に待ったのだ。
他の男と電話中だった彼女の願いを聞いて静かにしてやったし、二度目の着信に応対する彼女に文句も言わないでやった。それに加えて、彼女の望みどおりに電話を掛けてやって不毛な着信ループを断ち切ってやった。
そう、これ以上の願いを聞く道理なんてない。
成人男性にしては細い指の何処にそんな力があるのか、氷雨が顔を逸らすことさえ出来ないまま男の顔は近づいていく。鼻先にベルフェゴールの長い前髪が当たり、彼女は根負けしたように目を閉じた。