第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
「はい、こちらも状況は重く受け止めております。今後の動きについての判断材料は速やかに……ええ、お察しします。私も良いご連絡をしたいと思っていますので」
イタリア市街、アパートメントの一室。
ソファとテーブルしか置かれていないワンルームに、声量を抑えた女性の声が響く。携帯電話の向こう側は、初老の男性だろうか。縋るようにも捲し立てるようにも聞こえる、落ち着かない声音が何かを懸命に訴えている。
女性は、相手を宥めるように優しい言葉を紡ぎながら視線を窓の外へと向けた。
夕焼けに染まる石の街は、変わらず穏やかなままだ。そう、表向きは。
ーーカタン。
小さな音を立てて、部屋の中でたった一つの扉が開く。
入ってきたのは、黒いコートと輝くような金髪に銀のティアラを乗せた青年だ。
女は、相手を視認するなり人差し指を己の唇の前に立ててみせる。静かにしていて、と暗に伝える為に。
青年はあからさまに面白くなさそうな顔になる。ちっ、と小さく舌打ちをしながら部屋の中心へと歩を進め、ドカリとソファへ腰を下ろした。
「ーーはい、勿論。頼りにしていますわ。はい……はい、ではまた。失礼いたします」
不毛な会話を半ば力業で断ち切って、彼女は通話を切る。
そして、相も変わらず不機嫌を包み隠さぬ青年を前にして困ったように笑った。
「ベル、」
ピピピピッ
ピピピピッ
青年が顔を上げるよりも早く、彼女の手の中の携帯電話は次の着信を告げた。
数秒の躊躇い。しかし、鳴り続けるそれを無視する訳にもいかず、彼女はため息を飲み込んで通話ボタンを押す。
「はい、鈴川 氷雨です。お久しぶりですね。ええ……ミルフィオーレについては、こちらも情報を集めている最中でして……」
電話口から聞こえる声は先程とは違う人物で、けれど同じ会話を繰り返す。誰も彼も知りたい情報は同じだ。
氷雨は当たり障りのない会話を続けながら内ポケットの手帳を取り出すと、さらさらと走り書きして青年へ手帳を差し出す。
『xxx-xxxx-xxxx
この番号にかけて』
彼が顔を上げれば、真っ直ぐにこちらを見据える瞳と視線が合った。面白くはない、けれど、このまま時間を浪費するのは彼にとって、もっと面白くないことでもあった。
携帯電話を取り出して番号を打つ。