第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
――ベルくんみたいだ、と氷雨は思った。自然と口元に笑みがこぼれる。
「……綺麗だね」
「だっろ。オレの見立てに間違いはないね。じゃー、これ貰うわ」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
「このまんまでいい。箱邪魔だし」
「……あれ?ちょっと待って」
なんだか話がおかしな方向に進んでいることに気付いて、氷雨は思わずベルフェゴールに制止を呼び掛けた。彼は少し面倒そうな顔をすると「なに、箱ほしーの?」と首を傾げる。そういう問題ではない。
「え、待って待って。このブレスレット買ってどうするの」
「おまえにやるの」
「なんでそうなったの!?」
「だって似合ってんじゃん。そっちのが断然似合う」
「……ベルくんが、プレゼント……?」
「どーいう意味だ、氷雨?」
いま驚かずに、いつ驚けば良いのだろうかと氷雨は思った。彼女はぽかんと口を開けることしかできない。まさかベルフェゴールから贈り物を貰える日が来るとは思っていなかった。今日は想定外続きの一日である。
さすがのベルフェゴールも氷雨の言葉を聞いて、表情を引きつらせると懐に手を伸ばす。ナイフが取り出される前兆である。氷雨は慌てて謝罪の言葉を言おうとした。
そのとき、だった。
「……っ!?」
「…わっ、揺れ……っ」
二人は思わず近くのショーケースに手をついた。突然の地響きとともに地面が揺れ始めたのだ。立っていられないほどの衝撃ではないものの、地震慣れしていない欧州暮らしの人間とっては心への衝撃のほうが大きい。店員たちもオロオロしている。
不意に、氷雨は自分の頭に違和感を感じた。しかし、頭痛がするわけでも平衡感覚がおかしくなったわけでもない。
――頭の中になにかが、入り込んでくる……?
彼女が隣にいるベルフェゴールに目を向けると、彼も戸惑った様子で「なんだ、これ……っ」と呟いた。彼も同じ状況なのだろうか。地震は妙に長く、まだ揺れはおさまらない。
二人の頭の中の違和感が頂点に達したとき、“それ”は唐突に彼らのものになった。