第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
一般人で賑わうスーパーマーケットの中へ二人は足を踏み入れた。全身黒ずくめの格好は店内でも明らかに浮いており、客も思わず遠巻きになっている。下手に肩でもぶつかれば喧嘩になりかねないので、その点はよかったと氷雨は思った。
「まさかベルくんとスーパーに来る機会が巡ってくるとは思わなかった」
「おまえはオレをなんだと思ってんの」
「王子様」
「ししっ、そりゃ間違いじゃねーけどな」
ほら行くぜ、と言ってベルフェゴールはまだ氷雨の腕を掴んだままで歩き出す。相手の歩調など考えもせずに歩いていくので彼女はついていくのが大変だ。
別に逃げないから離してくれたらいいのに。しかしその反面でこのまま引っ張られていたいような気もした。――やっぱり私はおかしい、と氷雨は思う。こんな矛盾した感情なんて今まで抱いたことはなかったのに。
思わず彼女がため息を吐くと、前を歩いていたベルフェゴールは急に立ち止まった。そして振り返ると小さく首を傾げる。
「どーかした?疲れた?」
「あ、ううん。なんでもない」
「なんでもねーのかよ。まぎらわしー。罰として帰りにジェラート奢れよ」
「どうしてそうなるのかな」
「文句あんの?ししっ」
ベルフェゴールはとっても楽しそうな顔をして笑った。傍から見れば無邪気に見えるそれも、見る人が見れば危ない笑みにしか見えない。その“見る人”に含まれてしまう氷雨は「いえ、なんでもないです」と言って首を横に振るしかなかった。表世界で殺傷沙汰は大変まずいのだ。
我が物顔で氷雨を引っ張っていたものの、彼は商品の位置をよく知らなかったらしい。氷雨が「こっちだよ」と言って案内することで二人はようやく目的の売り場まで辿り着いた。ルッスーリアのメモに記された商品をカゴに放り込む。
それから、ベルフェゴールが「お菓子を買いたい」と言うので、お菓子売り場に行ってまた商品を放り込んだ。元々金銭感覚が緩い彼のこと、気付けばカゴに山盛りになってしまうほど商品が積まれていた。当然のようにカゴ持ちになっていた氷雨だが、これは相当重い。無駄に瓶詰めを買ったのが災いしたようだ。