第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
「べ、ベルくん?」
「手伝ってやる」
「ほんと?」
「9時までに終わらせる。そんでゲーム。提出はその後」
「あ、なるほど」
「わかったら手ぇ動かせ!」
「は、はい!」
氷雨は慌てて書類に目を落とす。3分の2は此方にあるものの量が減ったのは素直に嬉しかった。少しやる気も出てきたような気がする。
ベルフェゴールは「めんどくせー」と言いつつも、手にしたボールペンを軽く額を当てながらきちんと書類に目を通している。適当に書いて渡せば、あとで氷雨に見つかって結局遊べなくなることがわかっているからだ。そういうところばっか氷雨は面倒くさいと、彼は思う。
「おぉ、ベルが他人の仕事を手伝うとはなぁ」
「うるせーな」
「スクアーロ、やめてよ。せっかく手伝ってくれてるんだからさ……」
いつの間にか剣の手入れを終えたらしいスクアーロは、珍しいやり取りと光景に興味を持って彼女たちの傍に歩いてきた。その表情は心なしかニヤニヤしている。いつも尊大な少年が不機嫌な様子で書類に向かっている姿を見下ろすのは、さぞ気分が良いのだろう。
氷雨はベルフェゴールが「やっぱりやめた」と言い出すのではないかとハラハラしている。その程度の気分の変化は、秋の空並みに起こりうるのだ。彼女に注意されるとスクアーロも口を噤まざるを得なかった。アジトに帰ってきてから、数日。たしかに氷雨の仕事量が半端ではないことに彼も気付いている。
「つーか、暇ならおまえも手伝えよ」
「あぁ?誰に向かって言ってんだ、ガキ」
「カス鮫」
「てめぇえええ!」
「もースクアーロやめてってば!」
氷雨は思わず声を荒げた。いや、今のは明らかにベルフェゴールのほうが悪いのだが手伝ってくれている人間を叱れるほど彼女は誠実な人間ではなかった。よってスクアーロが叱られる羽目になったのである。
理不尽だろ、と思いながらもスクアーロは再び口を噤む。そして思うのだ――前はこんなふうに怒鳴る奴じゃなかった、と。氷雨と再会してから彼は度々それに似た思いをしている。“こんな奴じゃなかった”“こんなことする奴じゃなかった”と思う。それが嫌なのかと問われれば、そういうわけでもないのだが。