第6章 【04-前編】零時の鐘が鳴るまで
扉の影から現れたのは、確かに鈴川 氷雨だった。
その場にいた誰もが彼女に視線を向けたまま固まってしまう。それもそのはず。彼女はキャバッローネに保護されたはずの人物であり、コメータファミリーのボスが血眼になって探していたはずの人物だ。へらへらと笑いながらヴァリアーのアジトに居ていい人間ではない。
カツン。妙に高く響く音を立てて、XANXUSが一歩前に歩み出る。ベルフェゴールはその音を聞いて瞬時に「マズイ」と思った。それは確信に近い勘である。
「ぼ、ボス、」
「どの面下げて敷居を跨ぎやがった、小娘」
XANXUSの声は普段よりもワントーン低かった。目の前にいるのがそこらへんの女子なら裸足で逃げ出しそうな威圧感である。スクアーロは、氷雨も竦み上がるんじゃないかと思った。彼女がXANXUSを苦手としていたことを彼は知っている。
しかし、スクアーロの予想に反して彼女は冷静だった。竦み上がるどころか、まったく怯える様子も見せずにXANXUSと向き合うと、相変わらずにっこりと笑みを浮かべている。
「おぉい、氷雨」
「見ての通りの顔ですが」
氷雨は笑ったままで首を傾げる。XANXUSの眉間に刻まれた皺が増えたようにルッスーリアには見えた。XANXUSと氷雨の周囲の気温だけがどんどん下がっていくような錯覚に囚われる。
どうして彼女がここにいるのか。それも重要な問いではあるが、今はもっと重要な問いがある。あの子はどうしてあんな言い方をするのかしら、とルッスーリアはハラハラしていた。
「ねえ、氷雨ちゃん」
「ほぉ?つまり、大人しくカッ消されに来たのか。そいつは御苦労なこった」
XANXUSの口元に笑みが刻まれる。ボスに暴言を吐くような輩など消されてしまえばいいのだ、とレヴィは思う。それは当然、自然の摂理のようなものである。
しかし、彼は解せなかった。氷雨はボスのことを恐れていたようではあったが、このように反発するような少女ではなかったはずである。では、何故わざわざボスに喧嘩などを売り、このような雰囲気を作るのだろうか、とレヴィは思ったが、どうでも良い事かと判断して深くは考えない。彼はただXANXUSの審判を待った。