第1章 みるく
バタンと扉が閉まった。
が去った部屋は、先程と何一つ変わってないはずなのに、急に暖かさを失ったような喪失感に包まれた。の気配を微かに残すホットミルクも、半分ほど減ったということもあるが、感覚的な温もりを急速に失っていくような気がした。
PCの画面には、中途半端な文字列と点滅し続けるカーソルキー。散らばった資料や筆記具の中、その点滅からなぜか目を離せない。
雄一には、それがまるで誰かから発せられる危険信号のように思えた。
突然、雄一の脳裏にの姿が思い浮かぶ。悲しく、寂しそうに背を丸めて、枕に顔を埋めるそんな姿だった。
(明日の朝、早く起きればいいか。)
このところずっと、話もろくにできず、同じ家にいながらすれ違いの日々であった。なかなかコミュニケーションが取れずにいたことは、雄一も気にしていた。しかし、の優しさに慢心し、居心地のいい空間が勝手に出来上がっているように錯覚していた。
(……寝ようかな。)
手の中のホットミルクを飲み干す。急速に眠気がきて、あくびをひとつこぼした。雄一は、眠たさを言い分けにしながら、手早く散らばった書類をまとめ、PC内のデータを保存する。明日の朝、寝ずにすればよかったと後悔するかもしれないが、今はどうでもよかった。
頭にはさっきのの姿や声や表情を浮かんでは消える。いつ、笑顔を見ただろうかとか、いつ抱き締めあっただろうかとか。
どうして、さっき頬を染めていたのだろうかとか。
なんて、考えたとき、はっとしたような、どきっとしたような、変な気持ちになった。
ただ、に触れたい。
その肌に、その髪に、その唇に、
その最果てに。
雄一は、何かに急かされるように寝室へ急いだ。
寝室の扉をそっと開け、ゆっくりとに近づく。月の光が縮こまって寝ているの姿に陰影をつけ、寝息をたてる横顔に胸が締め付けられた。
「…」
そっと髪に触れる。急速にを欲しがる体をもて余して、思わず上から覆い被さった。驚いたと目が合う。
どさりとベットが揺られて、
甘いミルクの香りが沸き上がった。
おわり