第1章 みるく
「…これ飲んだら落ち着くよ。」
去っていく背中をなんとなく見つめていた雄一は、突然降ってきた声に、びくりと肩を震わせた。
急に、こめかみの痛みが嫌な波紋となって全体を覆っていくのが鮮明になる。本当はずっと前からそうだったかもしれない。思わず顔をしかめた。
そんな自分をは優しげな瞳で見た。さっきまでの悲しそうな困った顔ではなく、どちらかというと、母親のような、そんな優しい顔だった。
ことり。そんな可愛らしい音と共に、ブルーのマグが机に置かれた。この前買った色違いのマグカップ。二つを横並びにすると、底に描かれているハートが完成するのだ。がお気に入りで、嬉しそうな顔を見るたびに、自分も幸せになれたことを思い出す。
ふわっとした、甘いミルクの香りと、
暖かな湯気が顔にかかった。
「雄一くん。
さっきから、ずっとこめかみ押さえてたよ。」
「……え?」
自分ではまったく意識していなかった。いや、むしろ意識しないようにしていたのかもしれない。その言葉に、思わず聞き返す。は、それに、私が入ってきたときからね。と、付け加えた。
「寝る前だから、ホットミルクにしたの。はちみつとお砂糖入れてるよ。暖まるから良かったら飲んでね。」
冷えた部屋に居ることを思いだし、思わず口をつける。両手がじんわりと温かくなり、喉をゆっくりと温かいミルクが通っていくのがわかる。
ひと口、またひと口と、飲んでいくにつれ、きんとした痛みが少し和らいだような気がした。知らぬ間に積もった疲れや苛立ちが、ミルクに溶かされるみたいに、徐々に解れていくのを感じた。
「…はあ。」
雄一はほっと息をついた。余裕のない、大人げない自分が少し情けなかった。
「…ありがとう。。暖まるよ。」
雄一は、を見上げて微笑んだ。
「…さっきは、きつくあたって、ごめん。全然余裕なかった。ごめんな。」
ミルクの甘い香りと、柔らかい湯気が、
二人の間をゆらゆらと揺らめく。
「…ううん。大丈夫。おやすみ。」
はにこりと微笑んで今度こそ部屋を出た。
手の中の温かいミルク。そんな、の優しさに、雄一はどうしようもない気持ちになった。