第9章 アデュー
「───いや〜ほんと、無事に帰れて良かったよな」
紙袋に入った今日の夜ご飯の材料たちを両手で抱える彼は、もう半分ほどになってしまった太陽の光を背にそう言う。
私はそうだねと二つ返事をして、にこりと笑った。
あれからと言うものの、一日中王国をほったらかした罰として、王様にメイドたちと同じ仕事をするように命じられたりと、本当に大変だった。
私たちがあの村を立ち去った後から、あの村の消息は未だに不明だ。
噂によるとそこに住んでいた人たち、もちろんワーカや宗馬も一緒に、跡形もなくなっているとかなんとか。
まあ、本当かどうかはわからないけど。
それはともかく、彼の言う通り私も彼らも生きて帰って来れて良かったと思う。
これまで、本当に色んなことがあった。
これからが怖くて、姫になんかなれないんだって、そう思った時もあった。
全てを話し切るには一日あっても足りないくらいだ。
けど、私一人じゃ乗り越えられなかった全てが、私一人じゃ起きなかった全てが、今の私を支えてくれている。
「ねえ、シルク」
お城に向かっていた足が止まる。
彼もこちらに体を向けて、真剣な表情をした。
「本当にありがとう。」
私を助けてくれた、命の恩人。
それはこれからもずっと変わらない。
「俺も、せんきゅ」
彼はそう言って、照れくさそうに笑った。
「あっ」
その反動で、紙袋に詰め込まれていたじゃがいもが一つ、地面に転げ落ちた。
今日の夜ご飯はカレーにしようと思って、必要なものだけを買ったつもりだったけど、ついついお菓子を買いすぎちゃったみたい。
私がそれを拾おうとすると、ふいに、手が触れ合った。
男らしい、ごつごつとした手。
この手で私を守ってくれていたんだと思うと、胸がきゅうと苦しくなる。
ぱちっと、目が合った。
逸らす隙も与えず、じっと、私を見つめる彼の目。
この感情の名前を、私は知っていた。
───助けてくれたあの日から、ずっと。
「恋奈」
「シルク」
「恋奈が、俺のプリンセスだったんだな」
「シルクが、私の王子様だったんだね」
もっと、もっとあなたを知りたい。
これから、幸せになるために。