第8章 心から愛した
──ようやく涙が引っ込んで、心も落ち着いた頃だった。
「あれは……」
小屋の方から近づいてくる人影。
ゆっくりとヒールの音を圧をかけるかのように鳴らしながら、近づいてくる。
目の前まで来たとき、人影がワーカだということが分かった。
「せっかく生贄に戻る良いチャンスだったのにね〜え?とんだ親不孝者だわ」
ふんっと鼻を鳴らしながら、その辺に散らばる村人のみんなを高いヒールでひと蹴りする。
村人のみんなを捨て駒のように扱っていることが見て取れた。
「お前……っ」
モトキが珍しく前に出て声を荒げそうになったところを、私が既の所で止める。
モトキはそれに素直に従うと、一歩下がった。
私はワーカの目の前に立ちはだかる。
「なぁに?何か文句でもある?言いたいことがあるなら言ってちょうだい?」
嘲笑うかのように彼女は言った。
私はひと呼吸間を置き、話し始める。
「私に注射器を見せた時、どんな気分だった?」
「どんな、ですって?そりゃあ世界にこの村が知れ渡ると思ったら、ふふっ、笑いが止まらなくなったわよ」
「じゃあ次に、私の助けを乞う姿を見て、どんな気分だった?」
「だからどんな、って……言うまでもないわ」
「じゃあ次に、私を最強のウィズドム子にする時、どんな気分だった?」
「…い、一体何なのよその質問は!そんなの聞いたってどうにもならな────」
「お母さん、私のことは嫌い?」
その質問をした時、ワーカはついに口を噤んでしまった。
彼女は私の母親なんかじゃないと思っていた。
けれど、注射器を持つ手が震えていたのを見たあの時、私はずっと彼女からの愛が欲しくて生きてきたことを思い出した。
子供が愛情を欲しがるのは珍しいことじゃない。
だって、愛情をくれるのは母親だから。
「ねえ。お母さん。」
「本当はお母さんの愛に埋もれて死んじゃうくらい、お母さんの愛が欲しかったんだよ。」
「っ……!」
彼女はついに泣き出して、がくんと膝から崩れ落ちる。
「…うっ…う…ごめんなさい……っ…」
そしてその一言を、私が心から愛したお母さんはぽつりと呟いた。