第8章 『生い立ちの歌』
泰子と中也が機関を壊滅させてから1週間が過ぎた。
ヨコハマの街は普段と変わらぬ賑わいを見せていた。
そもそも存在が公になっていなかった組織がマフィアによって壊滅させられたところで、世間へは公開されない。
政府内でもその存在を知る者が数少ないのもあるが、恐らく太宰が安吾を使い手を回したのだろう。
「泰子が元気になった様で私は嬉しいよ」
「この青鯖野郎...今度現れたらぶっ殺してやる」
「その意見には賛成」
「一寸酷いじゃないか!二人を救ったのは私なのに!」
「其れと此れとは話が別だ」
二人の執務室には太宰が訪れていた。
泰子と中也はまたか、とうんざりとした表情を浮かべていたが、当の太宰本人は気にしていないようだ。
「──此れで少しは織田作も喜んでくれるかな」
「さあな」
「少なくとも悲しんではいないと思うよ。有難う、太宰」
亡くなる直前、太宰に人を救うよう諭した織田。
太宰はその為にマフィアを抜けて探偵社に入社していた。
泰子の言葉に太宰は微笑むと、鼻歌交じりの軽い足取りで執務室を後にした。
「長年、あんな奴等に苦しめられて翻弄されていたのかと思うと自分が嫌になるよ」
二人きりになった部屋で、泰子が頬杖をつきながら言った。
「其れを言ったら俺だって手前を助けられ無かった事が歯痒い」
「中也は助けてくれたじゃない」
結果的に異能力によって泰子を助けたのは太宰だ。
中也は其の事で自己嫌悪に苛まれていた。
「莫迦だな中也、私の心を救ったのが君だと言っているんだよ」
「手前の口から心って言葉が出てくるなんて天変地異の前触れかァ?」
「ふふ、そうかもね」