第19章 失われていたもの
「宰相ねぇ…。なら、あんたを城から追い出した黒幕はその宰相だ」
「…なぜ、そう言い切れるんだ?」
「あの魔物はこの国を、そしてこの世を手中にしたいと思っている。そのためには出来るだけこの国の権力者になることを重視するはずだ。王族が機能しなくなった時、指揮を取れるのは宰相だからね。そしてあんたを襲った理由はあんたが王族の中でも獣の操る力が特に強かったことと、リョンヤンに比べて健康だったからだ。」
チェヨンの最後の言葉に、皆首をかしげる。
「リョンヘの力が強いから邪魔だったのはわかるんだけど、健康だからって理由はなぜ??」
「それは体の弱い王子なら、体調不良の王子への助力を建前に政治の主導権を握れるからさ」
イルウォンは思っている以上にしたたかな男であることがわかってくる。
「なら父上を弑逆し、理不尽な徴兵で民を苦しめ、人を物のように扱う私の敵は…幼い頃から傍にいたイルウォンという事だ…」
リョンヘの口調はいつになく硬く、怒りと動揺をひたすら抑えようとしているようにも感じられる。その場はしばしの間重たい沈黙に支配された。
「…それにしても、どうして今リョンヘの記憶が戻ったのかしら。」
ムニルはその重たい沈黙を破るためにか、そうぽつりと呟く。
「記憶が戻る前に、何か思い出すような要因があったのかねぇ。」
流石の老婆も心当たりはないらしい。彼女が腕を組み、うーん、と言いながら考える姿はなかなか珍しい。
「さっき二人は何してたの?」
ムニルはそうハヨンに尋ねた。ハヨンはその問いに詰まる。私が泣いていて、リョンヘに抱きしめて慰めてもらいました、とはなかなか言い難い。その事を考えていると、気恥ずかしくなってきた。頬が熱を帯びたことが自分でもわかる。
「えーっと、私がちょっと落ち込んでたから、励ましてもらってた。」
ハヨンはそう誤魔化すように早口で答える。自分が変な行動をしていないか、思わずあたりをちらりと見た。