第19章 失われていたもの
「あんた、もう気分は悪くないかい?」
チェヨンがリョンヘの顔を覗き込むようにして尋ねた。
「今はさっきまでの吐き気や痛みが嘘みたいだ。ただ…。」
リョンヘは瞳を揺らす。そこから動揺が見て取れた。
「…。昔、の記憶が戻ってきたかもしれない…」
「ええっ!?」
リョンヘの言葉にみな一様に驚いた。彼の記憶は10年前を境に、消えてしまっていた。その際街に忍んで出かけていたので、城下で何かがあったのは皆分かっていた。その上リョンヘは王族の血をひく者ならば皆持っている、獣を操る力さえも失ってしまったのだ。
「じゃあ、何で記憶がなくなったのかもわかったの?」
ハヨンはおずおずとそう尋ねた。彼にとっては恐かった体験かもしれないが、獣を操る力までもが失われたあたり、何か重要なことが関わっているように思えたのだ。
「あれは…。…城に帰ろうとした時、誰かに背後から襲われたんだ。とっさに避けて、野良の犬に協力してもらって、何とか退けたんだけど、その後に…。後に…」
リョンヘの息を呑む音が聞こえる。彼の両目は目一杯見開かれていた。
「あれはイルウォンだ…」
ハヨンはその衝撃の事実に固まる。彼はリョンヘの双子の兄、リョンヤンの教育係でこの国の宰相だ。そして…
「イルウォン様…?私も、先だっての戦で戦った相手が、彼だったような気がする…。意識が朦朧としてたから、あやふやだけど…」
その時、イルウォンのあの冷たい手を、見るたびに起こった悪寒を思い出す。ハヨンとリョンヘは呆然としたようにお互いの目を見つめていた。
(あれはもしかして、本能的に敵視してたんだろうか…。)
「ちょ、ちょっと待って。私を置いて行かないでちょうだい。そのイルウォンっていうのは誰?」
ムニルが焦ったようにそう尋ねる。チェヨンも怪訝な表情を見せていた。
「イルウォンは…この燐の国の宰相だ。そして、リョンヤンの教育係でもあり、俺たちが生まれた頃には既に城に勤めていた。」
リョンヘは掠れた声でそう言った。