第12章 卵の君
「で、何処のお店の人か分かるんですか?」
「昨日卵を買いに行っていたと云う事はだよ、火曜日に卵を特売しているあの店しか無いだろうね。」
「成る程…。」
例の店にぞろぞろと歩き向かっている最中、太宰は急に素っ頓狂な声を上げる。
「……おや。」
『あれ?えっと、太宰さん?』
「こんな所で逢えるなんて矢張り運命なのかも知れないね。」
『ふふっ。此れくらいでそう云っていたら運命の相手は何人居ればいいんですか?』
「私は心中のお相手は一人で充分だよ。生命は一つしか無い事だしね。」
偶然お目当ての相手に道中で出逢ったのを運命と云ってのける愛理は軽々と其れを交わす。
勿論冗談だと知っていて、だ。
「あのー、太宰さん、其方は?」
「嗚呼、彼女が先刻話していた子だよ。」
「まぁ!そうですの!御名前はなんと仰るんですの?」
『…宮野愛理です。』
わらわらと囲まれる様な状況に少し身を固くしながらも応えれば、名前まで可愛いと褒められこそばゆい思いをする。
「こんな所で立ち話も何だし、愛理は此れから時間有るかい?」
「?……はい、気分転換に散歩していただけですし。」
「じゃあみんなでうずまきに行きましょう!ね、兄様?」
「うん。愛理さんさえ良ければ。」
『私は構わないですけど…。』
「決まりだね。」
聞けばみんなが働いている職場の下に喫茶店が有り毎日の様に通っているのだと云う。
そして移動しながら口々に自己紹介をしてくれた。
ボブヘアーのお姉さんっぽい人が与謝野晶子さん、黒髪ロングの見かけによらず色々と凄い女の子が谷崎ナオミちゃん、其のお兄さんが目元に泣き黒子の有る垂れ目の谷崎潤一郎さん、先程からおどおどしている様子の白髪の個性的な前髪をした少年が中島敦くん。
あれってお洒落の一環なんだろうか…。
「此処だよ。」
皆さんに連れられたのはごく普通の喫茶店だったが何だか凄く居心地が良い。
毎日の様に通ってしまうのも納得だ。