第1章 Birthday (セバスチャン)
「血ってそんなに美味しいのかな……」
シーツを干す手を止めて、ふと漏らした玲に視線を向ければ、彼女は苦笑して続けた。
「だって、アーサーったらいつも噛ませてってからかってくるから」
アーサーさんが彼女に絡んでいるのはよく目にしていたし、それは今朝も例外ではなかった。
「それは美味しいから、というより欲求ですね」
「つまり食欲ですよね?」
ブランとルージュの説明をしたときに玲も理解した通り、第一は食欲かもしれない。私はヴァンパイアではないし、感覚はわからないが、アーサーさんはきっともう一つの方の欲求で言っているのだろう。
「食欲は勿論です。あとは……情欲もプラスされるようです」
業務の説明と同じトーンで言ったつもりが、彼女は顔を赤らめて俯いて、しきりにシーツの皺を伸ばし始めた。
「そ、そうなんだ……、でも噛まれたら痛そうだし、フェアじゃないと思いませんか?」
顔は隠れていても熱を示す耳が見える。そんな反応をされては自分の中に意図しない感覚が生まれ、どうもいじめたくなってしまい、そっと彼女の背後へと距離を詰める。
「一概にそうとも言えません。噛まれた方もかなりの性的な快楽を伴うようです」
耳元で意地悪に囁き、髪を掻き分けうなじにそっと指を這わせると彼女は面白いぐらい体を跳ねさせた。
「な、なな何するんですか!?」
「興味がおありなら、噛んでさしあげますが?」
慌てて振り向きながら一歩後退り首元を押さえてこちらを睨む玲。ああ、アーサーさんの気持ちもわからなくはない。
両頬を包み込む様に手を添えると彼女の瞳の潤みが私を誘った。
「気を付けないと、こうも無防備だとアーサーさんに限らず、本当に噛まれますよ?」
紅く色づいた頬に、反らされないで私を見つめる視線に危うく雰囲気が飲み込まれそうになる。
「セバスチャン……?」
「……!」
戸惑った声に我に帰り、いつもの様に強烈なデコピンをお見舞いして、玲から離れる。
意地悪しないでください!と抗議の声を上げる彼女を無視し、シーツの白に集中した。
変な気を起こさないよう、誤魔化したのは彼女には気づかれていないだろうかと、心臓がいつになく煩く響いた。
2018.02.11