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RISORGIMENTO

第3章 覇道の一里塚 上篇


 伝令、参謀が辺りを行き交い、物々しい響きが陣所を包み込む。大光寺親季による心理作戦の効果により、出羽側戦力は急速に纏りを失って行った。神前寺鳥海は周囲の動揺を他所にして、なお落とし所を模索していた。

「大曲は放棄せざるを得ません」

「懸命に戦った兵達は如何にする?捨てて行けというのか!?」

 鳥海は飽くまで落ち着いていた。しかしながら、近侍する主 清水賢一郎はある種の興奮状態にあり、故に対極の振る舞いをする鳥海に無意識に苛立っていた。

 今、清水賢一郎は極めて刺々しく、情緒が不安定だ。アテにはならぬ。鳥海はそう認めた。平時においては絶対の信頼を置く主人を切り捨てて指揮を採る事も考え始めた。取り敢えず、前線の指揮を握り、清水を後送する。そうするしかなかろう、そういう諦めの境地にあった。

 彼 清水賢一郎は地主時代から公正明大を地で行く人物で、正道を常に渡っていながらそれでいて商いという争いに打ち勝って来た稀有な人物だった。人を愛し、只管(ひたすら)努力と勤勉にて結果を生み出して来た。正直、鳥海の内の常識では彼は極めてイレギュラーであるのだが、しかしながら、そういう奇跡を目の前で起こして来た人物がそこに居る以上、どうにもならなかった。鳥海は唯々敬服し、彼を慕い敬った。だが、それは飽くまで平時である。今雪崩を打って攻め掛かって来る軍勢を前にしては、彼の「良質な正義感」は却って碌な結果を産みはしない。死した者達の為に涙し怒り狂う事ができる人間が少なくなった時勢において、賢一郎の存在は極めて輝かしい者であったが、今この場においては災いとなるのだ。

「捨てて行って頂きたい」

 鳥海は淡々と述べた。激昂まで一刻と持たなかった。

「馬鹿を抜かすな、鳥海っ!大曲には兵と民百姓がまだ大勢いるのだぞっ!?それを、見捨てて、何を、守るというのかっ!」

 賢一郎は眼前の右の拳で地図を広げた机を叩き付け、鳥海を怒鳴り付けた。

「では、このまま出羽を無主の地として、あやつらの食い扶持に捧げましょうか?」

「何っ!?」
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