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RISORGIMENTO

第3章 覇道の一里塚 上篇


 ―紀伊 熊野駅―


 紀州総督府の軍勢は示し合わせの通り、熊野駅から街道を進撃して尾鷲、続いて紀伊長島へ侵攻する事となり、軍勢を集結させつつあった。

 時に午前4時を過ぎたばかり。

 既に進軍を開始したと云う大内山兵1千を先鋒とする大河内御所勢凡そ1万8000騎は荷坂峠付近で赤羽御所側 赤岩又八の軍勢に襲い掛かる暴徒を鎮圧、赤岩勢と合流して梅ケ谷に陣を張っている。

 霧山御所軍は大内山軍と後続の高松・愛洲・与力諸部隊総勢1万数千余の背後に在り、大内山軍が梅ケ谷から一気に長島まで攻め掛かるのを待っていた。智謀の将である多気武衛こと六田右衛門佐義成は「日本人」殺しの第一手を大内山、強いては大河内御所にやらせて先鋒の名誉をくれてやると共に、時と場合によっての「工作材料」にしようとしていた。復古北畠氏の親類衆の二枚看板である両家はここでも争っていた。

 対して、紀州総督府は天変地異後も相変わらぬ伊勢の様子を見、赤羽谷での暴動が報らされると直ちに介入を通知し、霧山の御社家よりかは親しい関係にある大河内御所を「道義的」に支援するべく、大軍を寄越して来たのである。

 暴徒と化していると云う「日本人」は僅かな数である。偶然、この地に気の荒い「よそ者の日本人」等が居た事もあって「敷島人」の住民と対立、「本来の紀北町民」が「よそ者」に巻き込まれてバリケード封鎖や暴力での商店占拠等を行うようになったが、赤羽御所軍の展開により膠着状態に追い込まれていた。赤羽側は生命の保障を条件に、住民の退去を命じる「交渉」を行ったが、当然反発の内に一蹴され、投石や放火等の戦術で抵抗を繰り返した。これを「懸念した」周辺諸勢力が我先にと軍勢を差し向けて来たのである。

 紀州軍は2万近くの兵が熊野に集結しつつある。新宮に設けられた空軍基地には対地攻撃装備を施した航空戦力が出撃の時を待っているとの連絡を受けていた。

 共和国誕生以後、極度に軍事体制が整えられた敷島でも、特に紀州や伊勢、そして北関東には軍事施設が多く、それに関係する産業で地方経営を成り立たせていた為、軍事動員や徴発は―強いられる人民の意思は兎も角―極めて容易である。こうして日もまだ登らぬ頃から軍隊が市内駅周辺にひしめいていても、「公的には」何の問題もないのだ。
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