第3章 覇道の一里塚 上篇
―伊勢 大河内御所―
目の前に偉容を誇る巨人は微動だにせず、きっとこれからもこのままであろう。自律歩行と駆動戦闘を行えるこの「巨人」はしかし、人の腕を以てせねば何一つ動きを起こせぬ「無用の長物」となってしまう。これを操る事も生の「役割」とされて来た姫小松繭子にとってはこの状況、何一つ面白き事はない。天変地異以来、電力事情の問題でこのACSを用いる事ができなくなった敷島軍は早急に電力供給体制を見直そうと試みていた。その間、騎兵番士である繭子達は工廠の番士達が不眠不休で電力復旧に務める間、陸軍部隊と共に「日本人」を抑制するべく動いていた。それでも、繭子は自らの愛機となっていた「天目」に会いに来るのをやめなかった。己を縛するだけの物、或いは「枷」でしかなかった鉄の騎馬がこれほど愛おしくなった理由は正直分からないが、愛おしいという気持ちに従って自らの心を整理する事にした。
「姫小松差図役?またここにいたのね」
後背より声を掛けられる。どうやら、「天目」との二人きりの時間はオシマイのようだ、と繭子は思った。
「グリフィズ殿」
振り向いた先に居たのは、エリナー グリフィズというウェールズ人である。嘗てはウェールズにて世界帝国であるコスモ共和国とその軍隊に抗い、今は第一級の国際指名手配犯として敷島に保護され、ここ大河内御所にて客将として遇されていた。
「まるで、想い人のようですね、〈天目〉は」
「何を申されておるのか理解に苦しみますが」
エリナーの戯れを両断する繭子は顔も声色も何一つ変えずにエリナーに切り返した。エリナーは苦笑するしかなかったが、繭子にとってはそれすら鬱陶しかった。
「何か御用ですか、グリフィズ殿」
「…そんなに不機嫌になりますか?」
エリナーはいつもながらの彼女の反応にいい加減疑問を呈してみた。
「別に不機嫌になどなっておりません」
「…なら、いいけど」
繭子の明らかに不機嫌そうな態度は変わらない。エリナーは繭子のこの態度にいつも悲しい思いをしていたが、しかし、これの「裏側」を見知って以降は昔のようにほぐそうとはしなくなった。
「伝える事があるの。高松様から伝令よ」
「陣触れですか?」
「察しが良いわね、感心するわ」
「慣れていますので」