第10章 若君と女中(薬師視点・かすが)
「かすがさん……素敵な名前ですね。身近なお山の名と同じだなんて、きっとここで出逢えたのも何かの縁があるのでしょう」
懐にしまっていた紅を入れた貝殻の中から、赤く印をつけていた物を取り出す。
「よければ、貰ってください。私が作ったのですが…保湿効果のある紅なんです」
「いいのですか…?」
「はい。ほかの女中さんにも渡しているので、遠慮なくどうぞ」
「…では、ありがたく頂戴いたします」
ほっそりとした指先が、小さな貝殻の入れ物をつまんで、まるで壊れやすい宝物を大事にするように。
そうっと、手で包み込んだ。
「実は…そのひとつだけ特別で、色味が違うんです。ですから、もし聞かれても…他の方には秘密でお願いしますね」
「…は、はい」
口元に人差し指をあて、しーっと内緒の合図を見せて。
すっかり冷めてしまったお茶の残りをいっきに飲み干すと、湯呑みを置いてあったお盆にのせる。
「それでは、そろそろ行きますね。長々と引き留めてしまって、すみません……またお会いしましょう、かすが嬢」
そう告げると、どこかぼんやりとした様子のかすが嬢を気にしつつ、廊下を歩きはじめた。
めざすは、謙信様がよく執務をなされるお部屋。
「一応、お耳に入れておいた方がいいですよね」
かすが嬢って、忍のはずですし。
この城にいったい、なんの用事なんでしょうか?
ただの偵察なら放っておくのですけれど、もし暗殺の命でも受けていたら困りますからねぇ。
「さて、急ぎますか」
なんて歩いていたら。
数日も城を空けていたせいで、やれ薬を調合してくれだの急患だのと仕事に終われてしまい。
結局、謙信様のお部屋へ辿り着けたのは。
夜もそれなりに更けた頃になるとか、思いもよりませんでした。
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薬師さんとかすがの出会い、なお話。
実は謙信より先に出会いました、そして無自覚に口説いています。
たぶん、きっと、謙信様の影響…毒された。笑