第9章 白鳥、舞い戻る
「…緑川のトスが好きだ。笑った顔が好きだ。俺に話し掛ける声が好きだ。下手なレシーブもサーブも。なぜお前のすること全部が好きなのか俺は考えたことがなかった」
真っ直ぐでなんの含みもない言葉。牛島の好意的な言葉に心臓は舞い上がりたいほど跳ねている。
「…中等部からずっと一緒だったな。一緒にいるのが当たり前で、これからもずっと共にいれると思っていた。だがそうではなかった」
少し伏目がちになった牛島は、握ったボールにギュっと力を込めたように見えた。
「俺は――――――お前が好きだ。天童ではなく俺の側にいて欲しい」
それはずっとずっと私が欲しかった言葉。大エースになった牛島から逃げてばかりいたけど本当はずっと待ち望んでいた言葉。何か、何か言わなければと思うけど足が震えてきて喉が詰まる感覚がする。
「…ちゃんと伝えなければお前と一緒には居れないとわかった。…と言っても、伝えただけではまたお前は逃げてしまうだろう。俺の側にいろ……戻ってこい」
そう言ってフワッと抱き締められる。少し湿ったTシャツだけど、全然嫌な感じはしなかった。中等部の頃から変わらない、牛島が好きなマリンの制汗スプレーの香り。
「………泣くな」
「…だって……遅いよ、もっと早く」
私が言おうとしたどうでもいい我儘は牛島の口によって塞がれた。ビックリして思わず開けてしまった唇から牛島の舌が入ってくる。あっという間に絡めとられて脳は酸素不足となりもう何も考えられなくなる。
「……もう限界だ。好きな女のあんなところを見せられて我慢できる男がいるか」
「あ、ん…合宿の…?」
「……だからその顔と声はやめろ」
…自分でしたクセに。私が恨みを込めた目で見つめると牛島はハアと溜め息をついて離してくれた。
「ところでお前の話とはなんだ」
「…この流れでそれ聞く?」
それでも私も伝えなきゃ。牛島は精一杯距離を詰めてきてくれた。俺は変わっていない、ずっと側にいたいって示してくれた。だから安心して伝えられる。
「私も、牛島が、好き」