第5章 紅葉| ネジ
出来るだけ飄々とした声色できいてみたが、歩きながら彼は少しこちらを振り向いて、微笑んだと思う。本気で言っているのか。いや、やっぱり気のせいなのかも知れない。いつまでも思い出などに浸っていたから、幻聴が聞こえたのだ。それか彼の言葉の意味を取り違えているだけだ。この人が、私に笑いかけるなんてありえないはずだ。こんなことで悩むなんて私は疲れている。
「あの、木の上から行きませんか。」
妙に喉が渇いていた。体が熱い。なぜだか上手く喋れる気がしなかったが、それでも勇気を出して発した声は、最後の方はかすれていた。
彼のいいところは自分には真摯で他人には淡白なところだと思っていた。しかしそれは私の思違いなのかもしれない。たかだか一度任務を共にした私に対し、彼は干渉しようとしているように思える。そういう所は、銀髪の元暗部の先輩と似ているのかもしれない。
いや、考えすぎか。とにかく私は動揺していた。彼の真意がわからなかった。言葉通りに受け取っていいのか、何か裏に意味があるのか。考えれば考えるほど思考が混乱する。それにつられて変なことを言ってしまわないようにしなければ。早くこの人から離れたい。理解してもらえるなんて、考えるだけ時間の無駄だ。思考を現実に戻せば、枝が当たったふくらはぎがじんじんと痛んだ。剃刀の様に薄い植物のために、足は傷だらけだった。きっとあちこち皮が剥けているに違いない。
「跳べるのか?」
ネジ上忍は今度はしっかりとこちらを振り返った。彼の長く艶やかな髪が大きく揺れる。さらさらという音がぴったりだ。素直にうらやましい、なんてことを考えながら、私をいぶかしむ視線を真正面から受けとめた。
ネジ上忍にとって、私はどういう存在なのだろうだろう。大多数の忍びのうちの1人。奇行が目立つ部下。無駄口を叩き合う友人。どれでもいいけれど、一番浅い関係のままがいい。深く関わりあって失うのはもう、たくさんだ。私は大丈夫です、と笑い月に向かって大きく跳躍した。