第5章 紅葉| ネジ
私はそっと後ろを振り返る。普通の人では見えないが、闇に棲む者の目にははっきりと浮かび上がって見える、不気味に光る赤色。ふと、紅い森を歩く彼に、彼が炎に染まり燃えていく様子を見てしまい、慌てて振り払った。なんて考えだ。赤イコール炎、という例えは、あまりにも陳腐であるし、酷い妄想だ。目を閉じ、また来るよと、いつになるか分からない約束を念じ、心の中で溜め息をはいた。
「何をしている、里に戻るぞ。何度も言わせるな。」
「……すみません。」
「そんなに紅葉が見たいなら、昼間見に来れば良いだろう。」
声に導かれるように前を向けば、わずかに横を向いた顔が見えた。歩くリズムに合わせ長い髪が揺れていた。
「桜には夜桜というものがあるから、夜の紅葉狩りも良いかなと」
思っただけです。
最後まで言う前に彼は鼻で笑う。自分から訊いておいて、それはないだろう。あいかわらず失礼な人だ。
「見に行きたいなら、せめて里内にしておけ。」
ここでなければ意味がないのです、と心では思ったが、言ったが最後どこまでも追求されそうなので、そうですね、と無難な返事を返した。
「日向家の庭にも楓が植わっているが、よく手入れされているから、ここにあるものより見事だ。今度見に来ればいい。」
彼が私の前を歩いていることをいいことに、私は目を大きく見開いた。この人は突然何を言い出すのか。ぱちんと踏みつけた枝が弾んで、何の覆いもしていないふくらはぎに容赦なくあたった。
「こっそり見に行くんですか?」
「…それはやめておけ。ここよりは安全だが、忍びこんだ場合はただでは済まない。話を通しておいてやる。まあ、俺が不在の時は入れてやれんが。」