第4章 霧雨
上山さんが人に隠れて妖怪達と戯れているところはそれまで何度か目にしていた。取り憑かれているのかと思ったがそうではないらしい。人がいなくなると、彼女と妖怪達はまるで親しい友人のように他愛のない話をしていた。友人といえば彼女は人間の友達は多くないようで、俺は彼女がクラスメイトと話しているところをほとんど見たことはなかった。存在感の薄い彼女は、ぽつんと一人でいると、注意しなければ俺も見落としてしまうのではないかというほどだった。彼女が唯一注目を集める時は、数学の授業中に指名され問題の解説をしている時だった。その時は困ったような、怒ったような顔でいるため、魑魅魍魎と楽しそうにしている姿をみた時は彼女も笑うんだな、というのが正直な感想だった。妖怪や霊魂の前だけではなく、クラスでも笑顔でいれば人気者になれるだろうに。
ぱたぱたと走る音と話し声がいよいよ近づいてきて、現実に引き戻された。彼女のことを考えているからこんな時に彼女が現れたのか、彼女の気配がしたからこんなにも考えてしまうのか、自分でもわからなかった。ただ、静かな昂揚感は今の思考に少なからず影響しているだろう。
飛影が動く前に手を出さないよう制止すると、舌打ちをして近くの木に隠れた。
足音のする方を向くと魑魅魍魎を引き連れた上山さんが暗闇から飛び出してきた。魑魅魍魎は俺と目が合うと蜘蛛の子をちらすようにいなくなり、一人ぽつんと取り残された上山さんは傘も持たず、冷たい雨に体を濡らして立ち止まっている。俺のほうを見て、驚いたような顔をした後、飛影が隠れている方をぱっと振り返った。
やはり見えている。妖怪から人間へ転生した俺の正体にも気付いただろうか。しかし不思議そうな顔をしているところを見ると、どこまで知っているかは本人に聞いてみないと分からない。しかしそんな機会はきっと訪れることはない。もっと早くに仲良くなって聞き出してしまえばよかった。
「もう遅いから早く帰ったほうがいいよ。」
わかりやすく苛ついていて気配が隠せていない飛影も問題ではあるが、少し気にかけているクラスメイトに怪我をさせたくはなかった。
彼女がどうして妖怪と一緒にいるかなんて、俺はもう知ることもないのだろう。走り去る後ろ姿を見送りながら思う。人間として生を受けてからは短い人生だった。願いを叶える鏡は今この手に。
