第6章 小林くんと佐伯さん
「ちょっと修也くん!何であの日来てくれなかったのぉ?」
佐伯さんがお昼休みに小林くんの元へ駆け寄って来た。
香水でも付けているのだろうか、彼女からふわっと甘い香りがした。
「あの日?…あ、忘れてた!」
(神崎さんに告白して頭がいっぱいだったから…)
「ひっど〜い、結構待っていたんだからね!」
「ごめん、今度何かおごるからさ!ね?」
「もう、じゃあ今度の日曜日ちょっと付き合ってよ。」
ニコニコしながら小林くんに話しかける姿に、少し心の中がざわついた。
雑念を取り払おうと読み途中の【高校数学の美しい物語】に目を向けたその時
「僕、彼女出来たから休日とかはちょっと。だから購買のもの何でもおごるから、それで良いかな?」
「え?修也くん、彼女出来たの?だれだれ?」
「うん。ね、神崎さん♪」
「彼女って神崎さんなの?!」
改めて彼女と紹介されると、本当に恋人同士なのだと実感する。
「ええ、先日からお付き合いさせていただいています。」
私がそう言うと彼女は小林くんの耳元に何か話しかけた。
いくら隣の席でも流石にひそひそ話しでは聞こえない。
聞いてはいけない気がして読書に戻る。
数学の奥深さに再度面白さを感じていると
「何が冗談なんだよ、僕は本当に神崎さんの事が好きで告白して付き合ってるんだよ!」
突然小林くんが立ち上がって声を荒げたかと思ったら、先ほどまでザワザワしていた教室が一気に静まり返った。
そして小さな声で
「え、修也くんって神崎さんの事好きだったの?」
「マジ?ちょー意外なんだけど。」
と話す声が聞こえて来る。
「…あ、あり得ない。見損なったよ、修也くん。」
そう言い放つと、佐伯さんは何故か教室を飛び出して行ってしまった。
「佐伯さんは修也くんの何を見損なったのでしょうか?」
「…ごめんね、いきなり大声出しちゃって。神崎さんは気にしなくていいから!」
それから私はあの時に佐伯さんが何を言ったのか、何となく聞いてはいけない気がしてしまい、初めて分からない事を分からないままにして数日が過ぎていってしまった。