第7章 一寸丹心【イッスン-ノ-タンシン】
「それでも彼奴らもそこ迄馬鹿じゃ無かったって事だ。
織田の追撃に気付いて直ぐ、信長の拐引を思い付いたらしい。
うん、中々に利口な選択だよね。
まあでもその後直ぐに俺達が信長を奪取しちゃったんだけどさ。」
「信玄の指示だったのか?」
俺は当然の疑問を問い掛けた。
「いや、信玄様の指示を仰いでる時間は無かったからね。
俺の独断。
だって彼奴ら直ぐにでも信長の首を落としそうな勢いだったし…。
きっと信玄様ならこうするだろーなって。
案の定、後から報告したら褒められたよ。」
得意気に鼻を鳴らす男に向かって俺が小さく頭を下げれば、男は少し驚いた顔をした後、照れ臭そうに微笑んだ。
「それで暫くの間、信長は俺達が匿っておいて
織田軍が信長を探して右往左往している内に
赤備えが彼奴らをさっくりと殲滅。
無駄な犠牲の出ない良い方法だろ?
主君を失って織田軍をばたばたさせちゃったのは申し訳無いけどさ
信長が武田の手に在るって分かったら
余計な火種になっちまうって思ったから……すまないな。」
「いや……。
いや、充分な心遣いに感謝する。
心から礼を言おう。」
俺がもう一度深々と頭を下げると
「うわー……
俺、明智光秀に頭を下げられちゃったよ。
うん、一生の自慢話にするわ。」
目を輝かせ頬を高揚させる男に、俺も毒気を抜かれて僅かに口角を上げる。
「という訳で一通り終わったからさ……
今頃俺の仲間が織田軍に信長を引き渡してる筈だ。
恐らく……明日の夕刻には安土に戻って来るだろーな。」
そして一瞬の後に真顔になった男の目がじっと俺を見据えて穏やかな声で言った。
「さて……
じゃあ、もう一つの話……しようか?」