愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
まんじりともせずに夜が明け薄明るくなった部屋の中で、手を汚したまま壁に凭れていたおれは寝間着でそれを拭うと、氷のように冷えた身体を無理矢理動かし、這うようにして着替えを取りに行く。
どうにかしなきゃ‥その一心だった。
だけど冷えた身体は強張って、思うように動いてくれなくて。
悴む指でどうにか釦を留めると、夜の名残を残した暗い廊下へ滑り出る。
おれが唯一頼れるのは和也しかいない。
機転の利く彼なら、きっと智を兄さんのところから連れ出す手助けをしてくれるに違いない‥そう思った。
足音を立てないように階段を降りると、朝食の支度で忙しく立ち働く使用人のひとりを呼び止めて、和也を急いで部屋へ寄越すように頼んだ。
部屋に戻ったおれは高ぶった気持ちを抑えようと、窓辺からゆっくりと明けていく空を見つめる。
西の低いところでは、最後の星が白んでいく空に負けじと輝いていて‥儚く消えそうな瞬きが智の微笑みと重なった。
何か手はあるはず‥
例え絶対的な権限を持つ兄さんだって完璧じゃない筈。
厳しい一面もあるけれど、父様以上におれのことを可愛がってくれた兄さん。
その兄さんに刃向かおうとしている‥。
迅る気持ちと畏怖の念に、ふるりと身体が震えた。
こん、こん‥
そう遠慮がちに木扉を叩く音がすると、開いた隙間から和也が強張った顔をして慌てた様子でなかに入ってくる。
「朝早くに悪かったね。」
「いえ、何かありましたか?あの、急ぎの用だと聞いたもので。」
そう言いながら、早足で窓辺にいるおれの傍まで来た。
何から話そう‥
おれは逡巡しながら
「とりあえず、こっちにきて‥座って。」
と戸惑う手を引いて長椅子へ連れて行くと、自分の隣に座らせる。
「どうしたんです?何があったんですか?」
困惑した顔で見つめる和也の薄茶の瞳を捉えると、小さく息を吸って
「おれに力を貸して欲しいんだ。助けたい人がいる。」
そう告げる。
「助けたい‥人?それはどういう‥」
益々訳が分からないといった表情を浮かべた和也だったけど、彼は逃げ腰になることは無く、
「私にわかるように話して下さい。」
と力強い声で、おれの背中を押してくれた。