愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
翔side
兄さんの部屋の木扉に鍵が掛けられるようになってからというもの、智のことが気懸りでその事ばかりを考えるようになってしまった。
部屋にいても勉強も手に付かず、本を読もうとしても、気がつけば天井を見上げしまう。
天井の一角から聞こえてきていた鎖を引き摺る音もしなくなって、智の気配を知ることができるのは、漆喰の壁を叩く音だけだった。
それができるのも夕方前のほんの束の間の時間だけ‥
どうすれば兄さんの部屋に入ることができるんだろう。
鍵がなければ、到底開けることのできない木扉。
でもあの扉の向こうに智がいるんだから、世話をしている人間がいるはずなんだ。
たぶんそれは澤に違いない。
澤はずっと兄さんの傍に仕えてるし、夜中に呼びつけられたりもしてたって聞いたことがある。
澤だったら‥絶対に兄さんの部屋の鍵を持っている筈。
どうにかしてそれを手に入れられないかな‥。
できるだけ早く‥絶対に見つからない方法で。
おれは布団に入ってもそればかりを考えていて、なかなか寝つけず
「必ず‥会いにいくから。だから待っててね‥。」
真っ白な漆喰の壁を見つめて、そう呟いた。
すると、
ん‥‥?
何か聞こえた‥?
微かに返事のような‥人の声がしたような気がして、はっとなり息を殺して耳を澄ませる。
それは見つめる先、おれと兄さんの部屋を隔てる白い壁の方から聞こえたような気がして布団から這い出ると、足音を忍ばせてその壁際の前まで行く。
こんな時間に人の声‥?
そんなことある筈は無い。
だってもう真夜中に近い時間だよ‥?
でも微かに聞こえたのが智の声だったような気がして、二人を隔てる壁の前を離れることができない。
もしかして折檻されているのかもしれないって思うと尚の事‥
「‥もう寝てるよね‥」
そうであって欲しい‥そう思いながら、沈黙する壁に背中を向けようとしたその時‥
『‥ああっ‥潤様っ、‥』
今度ははっきりと聞き取れるような声が‥
智の声が‥聞こえた。
‥‥え‥何、今の‥‥
おれは信じられない思いで真っ白な漆喰の壁を見つめる。
「さと‥し‥、今の、‥‥」
『‥っん、‥あんっ‥‥』
嘘‥‥だ‥
おれは氷のように冷たい手で心臓を鷲掴みにされたように感じるほどの痛みを覚え、思わず寝間着の胸元をぐっと掴む。