愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
いつの間にか眠ってしまったのか、小さな物音に僕は瞼を持ち上げた。
「おや、漸くお目覚めかい?」
なんだ‥、物音の正体は澤か‥
僕は布団から顔だけを出すと、せかせかと忙しなく部屋の中を歩き回る澤の姿を眺めていた。
そして僕はあることに気付いた。
澤はこの部屋にどうやって?
部屋の扉には、中からも恐らくは外からも鍵がかかっていたし、それ以外にこの部屋に出入り出来る場所なんて、何処にもない。
ということは、やはり潤が渡していたのは、この部屋の鍵だったのか‥
でもそれを問い詰めたところで、澤のことだからそう簡単には口を割ったりはしないだろうし‥
どうしたら‥
「ほらほら、いつまでそうしてるつもりだい?早いとこ食事を済ませておしまい」
「えっ‥?」
良く見ると、長椅子の前におかれた置かれた小さな座卓の上に、僕のための‥だろうか、食事が用意されていて‥
僕は上体だけを起こすと、肌蹴た襦袢の襟を掻き合わせた。
「さあ、冷めないうちにお食べ」
「ありが‥とう‥」
翔君がくれた、あの甘い甘いキャンディーの味を想像していたからか、お腹なんて全然空いてなかった‥
でも実際に湯気の立つ味噌汁を目の前にすると、やっぱり身体は正直で‥
「頂きます‥」
僕は両手を合わせると、お椀を両手で持ってから、味噌汁を一口啜った。
「熱っ‥」
「おやおや、そんな慌てなくても誰も取りゃしないから、ゆっくりお食べ」
澤が皺だらけの顔を綻ばせる。
「どうだい?美味いかい?」
「‥うん、とっても‥」
「そうかいそれは良かった。あぁ、食事が済んだら風呂に入って、着替えをしないとね」
「お風呂‥?盥(たらい)じゃないの?」
いつもは、澤が何度も繰り返し運んだ湯を溜めただけの盥(たらい)に浸かるだけなのに‥?
「潤坊ちゃんから、風呂を使わせても良いとお許しが出たからね」
言いながら、澤は慣れた様子で箪笥を探ると、何枚かの手拭いと、少し色の褪せた厚手の木綿の着物と丹前を取り出した。