愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
翔side
それから2人で雅紀さんの貸してくれた本を見ていたんだけれども、さっき和也の襟元からちらりと見えた赤い痕のことが気になって、完全にうわの空だった。
やがて夕食の時間になり食堂へ降りると、兄さんの姿がなく
「今日はおれだけなんだね。兄さんの帰りは遅いの?」
給仕をする使用人に尋ねると、遠出をするから夕食は要らないと聞いているらしかった。
遠出‥どこまで行ってるんだろう。
夕食が要らないってことは、晩餐会ほどではないにしても帰りは遅い筈。
もしかしたら智に会いに行けるかもしれない。
そう思い至ったおれは食事の手を早め、急いで部屋へと戻った。
会える‥やっと、会いにいける‥
おれは引き出しの中のキャンディの箱を懐に入れると、そっと自室の木扉を開けて下の様子をうかがった。
まだ父様もお帰りではないらしく、使用人たちの立ち歩く気配もしない。
よし‥今なら行ける。
ゆっくりと木扉の隙間から静かな廊下に滑り出て、隣の兄さんの部屋の前まで行き、冷たい持ち手を回そうとしたけど‥
「え‥‥開かない‥」
頑なに動かないそれは、いくら力を込めてもびくともしない。
嘘‥‥
今までこんなところに鍵が掛かってたことなんて無い‥。
おれは固く閉ざされた分厚い木扉の前で、茫然と立ち尽くしてしまうしかなかった。
なんで‥なんで鍵が掛かっているの?
家族さえ立ち入れさせたくないって‥
もしかしておれが部屋に入ったことが、兄さんに知れてしまったんだろうか‥。
智を見つけてしまったことが兄さんに知れたんだとしたら‥また智は折檻されたんじゃ‥
「どうしよう‥おれ‥そんなつもりじゃなかったのに‥」
あの惨状を思い出し身が竦むような思いがして、思わず硬い木扉に飛びついてしまった。
「智、さとし‥大丈夫なのっ」
遠い屋根裏部屋に届かないのは分かっていても、おれたちを隔てているそれに問い掛けてしまう。
お願い‥無事でいて‥
会えなくてもいいから‥
智を辛い目にだけは合わせないで‥
おれは何もできない自分の無力さが悲しくなって、扉に凭れながら座り込んでしまった。