愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
和也side
「その‥相葉様のお屋敷に‥そのまま‥」
とうとう言ってしまった。
別に嘘を吐いていたわけでもないし、後ろめたいことなんて何一つしてはいない。
でも俺みたいに、なんの身分も持たないただの使用人風情が、雅紀さんのような方のお屋敷に泊まるなんてこと、許される筈ないから‥
案の定、翔坊ちゃんの目は驚きと戸惑いに見開いたままだし‥
きっときついお咎めがあるに違いない。
だって雅紀さんは、潤坊ちゃんのご友人でもあるわけだし‥
俺は下を向いたまま、硬く目を閉じた。
「それはその‥友人としてではないんだよね‥?」
躊躇いがちにかけられた言葉に、俺は思わず顔を上げた。
まさかそんな風に聞かれるなんて、思ってもいなかったから‥
俺の顔、きっと真っ赤になってる‥
”友人としてではなく”ってことは、つまり‥そう言う関係か、ってこと‥だよな?
だったら‥
俺は熱を帯びた顔で、首を縦に振った。
だって、身寄りもなく、素性も分からない俺みたいな奴を、あの人は”恋人”だと言ってくれた。
その気持ちを無下にすることは、俺には出来ないから‥
「‥そっかぁ‥おれ、全然気がつかなかったよ‥。」
翔坊ちゃんが着替えの手を止め、長椅子に尻餅を着くように腰を落とした。
俺が否定しなかったことが、そんなにも衝撃的だったんだろうか‥
「あの、どうかこの事は翔坊っちゃまの胸にだけ収めておいて下さい。‥お願いします。」
俺は机に両手をついて頭を深々と下げた。
もしこのことが潤坊ちゃんの耳にでも入ったら‥俺は間違いなくこの屋敷にはいられなくなる。
そうなったら智さんを見つけ出すことは不可能になってしまう。
それだけは避けなくては‥
「大丈夫、誰にも言わないから‥、心配しなくていいよ。」
俺の心配をよそに、柔らかく笑うと、翔坊ちゃんの手が俺の手に重なった。
「よかった‥ありがとうございます」
心底安心したのか、それまでの張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れる音がしたような気がした。