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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第8章 在邇求遠


この壁の向こう側に翔君がいる‥


そう思うだけで僕の胸は高鳴った。


翔君‥、顔が見たいよ‥

ううん、そんな贅沢は言わない‥

せめて声だけでも聞きたいよ‥‥

そんな僕の願いが通じたのか、ぴたりと押し当てた壁の向こうから、

「智!?大丈夫‥?」

とても小さな‥ともすれば聞き落してしまいそうな‥でも確かに翔君の物だと分かる声が聞こえた。


ああ‥、翔君の声だ‥
あの時、短い時間ではあったけど、言葉を交わしたあの少し特徴のある声‥


僕は今にも零れ落ちそうになる涙を手の甲で拭って、きゅっと握った拳で壁を叩いた。


僕は大丈夫‥
心配しないで‥


声に出来ない思いを籠めて‥


でもそれきり壁を叩く音は聞こえなくなって‥

僕は不安に駆られて寝台を飛び降りると、部屋の扉に手をかけた。

開く筈なんてないのに‥

それでも期待せずにはいられなかった。


この部屋の隣には翔君がいる‥


それが分かったから‥。

僕は再び寝台に飛び乗ると、翔君の部屋と僕の間を隔てる壁を背に、膝を抱えて蹲った。


ねぇ、翔君‥?
君は今何をしているの?

会いたいよ‥
会って、この間みたいに、僕にあの甘い玉をくれないかい?

僕ね、あの味が忘れられないんだ‥

でも‥

こんな姿の僕を見たら‥

幻滅されちゃうよね‥‥


広い部屋の片隅に置かれた姿見に自分の姿を映す。

身体のあちらこちらに散らばる、情事の後を思わせるような赤い痣に、思わず目を背けたくなる。


そういえば‥


僕はふと鏡の横にある机に視線を向けた。


さっき潤は澤に何を渡していたんだろう‥


あの時聞こえた物音は、確かに机の辺りから聞こえた。

僕は寝台から降りると、誰が見ているわけでもないのに、足音を忍ばせ、机に歩み寄った。

そして幾つかある引き出しの一つに手をかけた。
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