愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第8章 在邇求遠
「で、ではご自由にされるおつもりですか‥?」
まさか‥。
この執着心の塊のような男が、そう簡単に僕を自由にさせるなんて‥有り得ないことだ。
「そんなつもりはない。よく聞け、澤。あの者を一歩たりとも、この部屋から出すな。意味はわかるな‥?」
潤がそう言ったきり、部屋はしんと水を打ったように静まり返り、やがてかたりと小さな音が鳴ったかと思うと、
「これを‥わたくしに‥‥?」
今度は澤の戸惑いを隠しきれない声が聞こえた。
「そうだ‥扱いはこれまでと同じだ。」
何のことだ…
それにさっき一瞬聞こえたあの音‥机か何かの引き出しを閉めた音にも聞こえた。
潤は澤に何かを渡した?
枕に顔を伏せ、二人の会話に聞き耳を立てるが、
「‥あれは俺のものだ。肝に命じておけ」
「承知‥致しました。」
結局、潤が澤に渡した物の正体を知ることは出来ず‥
「夕食は不要だ‥行け」
潤のきつい口調に追い出されるようにして、澤は部屋を出て行ってしまった。
潤は一体澤に何を‥?
でも僕にはそれを確かめる術はなく‥
潤が身支度を整える音を、遠くなる意識の中で聞きながら、僕は再び眠りに堕ちて行った。
こんこん‥‥
どこからともなく聞こえた小さな音に瞼を持ち上げる。
この音って‥
気怠い身体を起こし、素肌の上に襦袢だけを羽織ると、寝台の頭板のすぐ上の壁に耳を押し当てた。
すると今度はゆっくりと、壁を叩く音がして‥
僕は咄嗟に軽く拳を握った。
でも‥
もし翔君じゃなかったら‥?
僕がここにいることを知られてしまったら‥?
そう思うと、握った拳を壁に宛てることがどうしても出来なくて‥
僕は拳を解くと、壁に両手の平ををし当てた。
お願い‥
もし翔君なら‥
もう一度‥
お願い‥
僕は祈るような気持ちで、再び壁が叩かれるのを待った。
こんこん‥
ああ‥、翔君だ‥
君はそこにいるんだね‥?
僕は拳を握ると、今度こそ壁に向かって打ち付けた。
僕だよ‥、智だよ‥‥、と‥