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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第8章 在邇求遠



気怠いながらも窓から射し込む薄い朝陽で目覚めた俺は、傍らでぴくりとも動かない男に視線を落とす。

全く‥なんて男だ‥。

纏うものの無い身体で寝台から起き上がると、冷えた空気が瞬く間に体温を奪っていく。

乱れた布団の中から寝衣を取って羽織り、飲み残していた白湯を口に含んだ。

酔いが残っている為か、目覚めの悪い身体を長椅子に横たえていると、木扉を叩く音がした。


「入れ‥」

俺の声から一呼吸おいてゆっくり開いた木扉の向こうから、挨拶と共に腰を低くした澤が湯気の上がる桶を手に入ってくるのを見ると、再び目を閉じる。

「坊っちゃま、今日は遠出されると聞いておりますが、御夕食はいかがされ‥ひぃっ‥」

目を瞑ったまま澤の言葉を聞いていた俺は、話の途中で発した奇声に目を開けた。

見ると、頭を下げていたはずの老婆の視線は、寝台の中で身動いでいる智に釘付けになっている。

「ぼ、坊っちゃま‥あの子は‥‥」

腰を抜かさんばかりに驚いている澤は、動揺のあまり言葉が継げないでいた。

「ああ‥あれか。鎖を解いただけだ。」

「で、ではご自由になされるおつもりですか‥?」

「そんなつもりはない。よく聞け、澤。あの者を一歩たりとも、この部屋から出すな。意味はわかるな‥?」

俺は長椅子から立ち上がると、書斎机の引き出しから自室の扉の鍵を取り、節くれだった小さな掌に握らせた。

「これを‥わたくしに‥‥?」

「そうだ‥扱いはこれまでと同じだ。」

澤は鍵を握った手を小刻みに震わせて俺を仰ぎ見る。

「‥あれは俺のものだ。肝に命じておけ。」

怯えきった小さな瞳は、生気も薄く鈍い光しか宿していない。

「承知‥致しました。」

そう言って頭を下げた老婆は、手にしていた桶を床に置きながら、ちらりと寝台の方に視線を向けた。


お前には慾で飼われるあの者がどう見える‥?

穢らわしく見えるか‥それとも妬ましいか‥?


「夕食は不要だ‥行け。」

寝台の上から視線を外せずにいる年老いた女にぴしゃりと言い放つと、部屋から追い出した。

俺は湯気の立つ桶に浸してあった手拭いで身体を拭うと、洋箪笥の取手を引き濃紺の背広を取って身に纏う。

これだけ人の声がしても目覚める気配の無い頬を、静かに見下ろす。

お前が惰眠を貪ることができるのは‥ほんのひと時。

お前は本当に愚かな‥人間だ。
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