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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第7章 掌中之珠


堅苦しい洋服を脱いで、少し熱めの湯に、足を伸ばして浸かる。


こんなに広い風呂に入るのは何年ぶりだろう。

あれは確か‥

そうだ、まだ俺が幼い頃だ。

烏の如く風呂から早々に上がってしまう智さんを見かねて、大野の奥様が俺をだしにしたんだっけ‥‥。

俺となら少しはゆっくりと湯に浸かるだろう、って‥

でも結局、智さんは湯あたりして倒れてしまったんだよな‥


その時以来か‥‥

それからは、漸く腰が浸かるだけのたらいにしか入ったことがないから‥


そう言えば…
智さんはどうしているんだろう‥

松本の屋敷にいることは確かなのに、一度だって姿を見かけたこともなければ、その名を耳にしたこともない。

本当にどうしているのか‥

智さんのことを思うと、胸が締め付けられる思いに駆られる。


でも、今だけ‥
今夜だけは、その胸の痛みを忘れても良いですか?


俺は普段よりも念入りに手拭いで身体を擦って風呂から上がると、火照った身体に梔子色の浴衣を纏った。


「へへ‥、やっぱ俺には大きいや」


雅紀さんの背丈に合わせた浴衣は、寸足らずの俺には大き過ぎて‥

俺は裾をたくし上げると、落ちてこない様に帯でしっかりと止めた。


それでも落ちてくる裾を、床に着かない様に摘まみながら、二階へと上がる階段を、一段ずつ踏みしめるように上った。


そして雅紀さんの部屋の前で大きく息を吸込み、そっと扉を開けた。


翔坊ちゃんにお貸しする本を見繕っていたのか、書棚に向けた背中がゆっくりこちらを振り返った。


「身体は温まったかい?」


優しい声と、お日様のような笑顔に、火照った身体が余計に熱くなる。


「はい、こんなに気持のいいお湯は初めてでした」


身体の芯まで温めてくれるような、そんな湯だった。


「湯冷めするといけないね。こちらへおいで」


俺の背中に手が添えられ、上掛けを捲った寝台に俺を寝かせると、雅紀さんが部屋の灯りを消した。


すると、途端に不安な気持ちが込み上げてくる。


自分で望んだことなのに‥
やっぱり不安の方が大きくて‥

それに、俺はこの人を未だに騙し続けている。

その罪悪感が全くないわけじゃない。
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