愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第7章 掌中之珠
屋敷に戻ると仕える主人が留守の所為かいつもに比べ幾分静かで、湯上りの私が客人の部屋は不要だと言って下がらせてしまうと、しんと静まり返ってしまった。
眠るまでにはまだ早い時間。
書棚から翔君に貸して欲しいと頼まれていた本を見繕っていると、扉の開く音がして和也がそっと入ってきた。
「体は温まったかい?」
「はい、こんなに気持ちのいいお湯は初めてでした。」
ほんのりと頬を上気させた彼が、ふわりと微笑む。
まだ半分ほど濡れた髪が、優しい輪郭を可愛らしく縁取っていた。
「湯冷めするといけないね。こちらへおいで。」
私は手にしていた本を机上に置き、和也の背中に手を添えながら寝台の上掛けを捲ると、そこに寝かせてやり、明かりを消しに行く。
明かりの消えた部屋には、それまで気がつかなかった月の明かりが差し込み、仄かな明るさをもたらしている。
寝台では上掛けから顔だけを覗かせた彼が、不安そうな視線で私を追っていた。
「何も心配しなくていい。」
その端に腰掛けて乾ききっていない髪を手櫛で梳いてやれば、不安げに揺れていた瞳が一度ゆっくりと瞬きをして‥
「旦那様はお優しい方だから‥」
と小さく洩らす。
私はその言葉に誘われるように彼の隣に入り、上掛けを握っていた指を解いて自分のそれを絡めた。
少し身体を起こして彼を見降ろせば、ぶつかった瞳の純真さに鼓動が高鳴る。
穢れを知らない瞳。
誰も触れたことのない磁器のような白い肌が襟元から覗く。
「和也‥慣れないだろうが、先程呼んでくれた名で呼んでくれないだろうか‥。」
その無垢な唇で‥
「‥雅紀、さん‥」
そう囁くように名を呼んでくれた小さな唇が愛おしくて、私はそれを包み込むように口づける。
絡めた指先が僅かに震えるのを感じながら、啄ばむようにそれを繰り返し‥舌先で柔らかな唇をそっと押した。
そして僅かに開いたそこを舐めながら少しだけ割り開くようにしてやれば、また少し解れて‥。
口づけだけで愛おしさが増してゆくとは‥
和也の肌に触れたなら‥洩れだす吐息を聞いてしまったなら‥私はどれだけ彼を愛おしいと思ってしまうのだろうか‥?