愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第7章 掌中之珠
許しを得た私が柔らかな髪に口づけると、ふわりと顔を上げた和也がそれは幸せそうな微笑み(えみ)を浮かべていて、吸い寄せられるようにその唇に自分の重ねようとすると‥
「あ‥ごめんなさいっ‥」
可愛らしく鳴いた彼のお腹の虫に驚いて、彼はすっかり慌てて下を向く。
その慌てぶりの可愛さに、私も思わず微笑み(えみ)が洩れて。
「ふふ、すまなかったね‥もうそんな時間になっていたのだな。和也のお腹の虫は夕食を一緒に食べないかと誘ったのを聞いていたから、待ち遠しいと鳴いたのかもしれないね。」
それを宥めるように撫でてやると、彼を寝台から立たせてやる。
「ごめん、なさい‥」
「気にすることは無い。では、もう一度鳴かれる前に出掛けようか。」
和也は、私がそう言って差し伸べた手をじっと見つめた後、漸くそっと握ってくれる。
そうして恥ずかしそうに見上げた頬には、また微笑み(えみ)が戻っていることに安堵した。
あらかじめ行くと伝えてあった西洋料理の店でも、彼は青くなったり赤くなったりと大忙しで、
「ここはそんなに煩いことを言う店ではないから、ゆっくり食べても構わないんだよ。」
と教えてあげると、ようやく少し笑顔を見せてくれた。
美味しい料理でお腹を満たされた私たちは、寒さに身を寄せ合いながら馬車に揺られ屋敷へと戻る。
並んで座る腕に触れる微かな温もり。
繋いでいる手から伝わる確かな温かさ。
「旦那様はお酒は飲まれないんですか?松本の旦那様は必ずお飲みになられるのに‥」
不意に彼は不思議そうに私に尋ねる。
「いつもは嗜むが、今日は君と初めて夜を共に過ごすのだよ。そんな大切な時間(とき)に酒に酔うなどという振る舞いは紳士的ではないだろう?」
私はそんな不埒な気持ちで和也に触れたくはなかった。
「そう‥だったんですね‥」
「和也は多くのことを心配し過ぎる性質(たち)なのだな。私の傍にいる時ぐらいは、楽にしていて構わないんだよ。」
私はそうして欲しいと願っているのだから。
そして、少しずつでもいい‥私と君の間に想い以上の何かが生まれていってくれることを願っているのだから。
だけど彼は
「はい‥頑張って、みます‥」
と小さく笑うだけだった。