第2章 はじめての時間
その日の晩、私は後悔した。階下で大きな物音が聞こえる。
久しぶりにパパが帰ってきたんだ。部屋でびくびく怯えながら、やっぱり私は何も望んではいけないんだと、思い知らされた。ドアノブが回されて、扉が開いた。
物心つく前のことは覚えていないけど、この家の家庭環境は劣悪だった。両親の仲睦まじい姿なんて見たことない。パパに捨てないでと縋りつこうとするママと、それを邪険に振り払うパパがいた。
保育園の頃、はじめて友達ができた。そうしたら、ママは私のことが見えなくなってしまったかのように、私の存在を無いものとして日々をおくりはじめた。
小学生の頃、私は学校が楽しくてしょうがなかった。居場所を見つけた。そうしたら、パパが暴力を振るうようになった。ママは私が見えていないからそれを止めないし、何もしない。
じっと耐えていれば、いつかは愛してくれると思っている。
だから中学に上がる頃、友達も何かもかもを失くして、必死で両親からの愛を永遠に失ってしまわないように、心に鍵をかけた。
必死で勉強をして都内でも有名な進学校である椚ヶ丘に入学した。母方の祖母が事務的な手続きや生活におけるお金の工面はしてくれていた。
そうして無事椚ヶ丘中学校に合格できて、私のことを認めてくれると思っていた。でもダメで、もっと頑張らなくちゃって勉強して校内テストで一位をとった。
丸だらけの答案用紙をママに渡そうとしたけど、一瞥もくれなかった。
その頃、E組の存在を知った。突然成績を下げたら、少しは気にしてくれるだろうかと、思っていた。
結局ママは私が見えていないし、家庭環境は何一つとして変わらなかったけど、パパからの暴力は減っていた。あまり家に帰ってこなかったパパ。その頻度が極端に減っていた。
はじめて先生に風邪だと嘘をついて学校を休んだあの前日以来、パパは帰ってこなかった。
私が何かを望むたび、描いていた幸せな家庭が真っ黒に塗りつぶされていく。
E組にきて、閉ざしたはずの鍵がだんだん外れていくのを感じていた。
仲良くしたいと、少しでも望んでしまった。
そうしたら、パパはまたたくさん暴力を振るうようになってしまった。
私はパパのこともママのことも嫌いじゃない。
ただ愛してほしいだけだった。