第2章 はじめての時間
はともりさんがとぼとぼと歩いてくる。
私は彼女を受け止めた木の下で反省していた。この学校の仕組みを甘く見すぎていたことに。
彼女はテストを返す前に「先生はまだ結果見ないでね」と言ってきたから、百点を取れたのかどうかまだ知らない。
どうであれ、今回は私の采配ミスであるから前日に約束した願いはきいてあげようと思っている。何かを望めば代償に何かを失うのではと危惧している彼女はいったい何を願うのだろう。
海外に行きたいとか、マッハで宇宙へ行ってみたいとかそういったたぐいだろうか。
「五十番以内には入れなかったけど一科目だけ百点とれたよ」
はともりさんは後ろ手に持っていたテスト用紙を差し出した。
「先生が熱心に教えてくれた科目! この科目で百点とったのはじめてなの」
喜びと不安の入り交じった声だ。
第二の刃を示す条件をクリア出来なかったことが気にかかっているのだろう。
「良く頑張りましたね。先生約束は守ります」
伏し目がちだった瞳がぱあっと開かれた。彼女の髪に陽光が反射して、眩しい。
おもむろに口が動く。紡ぎだされる言葉を待つ。唇の動きを追う。
「先生、お願い……私のこと、名前で呼んで」
反応が一拍遅れてしまった。それは余りにも、願いというには簡素なものだった。
「そんな事でいいのですか?」
「大切なことだよ」
彼女は、たったそれだけのことにテストで百点を取ったらという枷を自ら背負ったのだ。どうして。簡単なことであるのに。一体何がそうさせているのか。
私は彼女のことをもっと知らねばならない。いや、知りたいのだ。
傍に来ては私を呼びかけてくれる彼女の姿が頭に浮かぶ。
彼女が笑顔で呼んでくれる度に、私の決して消えない過去の十字架が僅かに軽くなるのを感じていたんだ。
天つ少女が降ってきたと思ったあの瞬間から。
目の前に居る彼女が蒼天へ溶けるように帰してしまう気がして、魂から呼んだ。
「れんなさん」
「うん、うん……」
涙ぐみながら蓮菜さんは何度も頷いていた。
存在を確かめるように手を取った。
「先生?」
「追加されたテスト範囲以前の問までなら蓮菜さんは百点を三つ取っていました」
彼女の掌の下に私の触手を重ねて、テスト用紙をもう片方の触手でめくりながら言う。
「だから、願いも三つ叶えます」
聞きたかったのだ。彼女の願いを。