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飛行機雲 【暗殺教室】

第2章 はじめての時間


episode01.春

 四月の初め。
 ニュースは月が爆発し七割方蒸発したという話題で持ちきりだった。新聞も大きな見出しと共に記事が書かれ、嫌でも目に飛び込んできた。抉られるように欠けた月の写真にはまるで現実感など感じられない。
 私には世間が騒ぎ立てる程の関心が無かった。二度と三日月しか見ることができないと言われてもどうでもいい。空を眺めることが好きでも、夜空は違った。まとわりつくような闇が怖かった。暗闇に吸い込まれ、ひっそりと誰にも気づかれることなく消えてしまうのではないかと幼少の頃から怯えていた。そう願うのに、どこか怯えていた。
 朗らかなニュースに変わろうとしていたテレビの電源を切り、新品のように着崩れのない制服に身を包む。久々の動作に、目眩に似た感覚を覚えた。
「E組、か」
 二年の末に決まったE組行きはむしろ、自ら望んでのことだった。椚ヶ丘に入学した当初、私はほぼ毎日学校に通っていたし勉強も進学校のレベルに置いていかれることはなかった。だけど望んだ結果を得られず、二年になる頃、通うことを辞めた。それでもまだ足掻き、今度は勉強に力を入れた。テストの前後だけ登校し後は家に籠り勉強漬けの日々。そうして何度目かのテストで一位をとった。それでもやはり望みは叶わなかった。ならばいっそ、底辺まで落ちてしまえばどうだろう。
 出席日数が足りないこともあり、私の願いはすんなりと受け入れられE組へ行くことが決定された。卒業も危ういくらい出席日数が足りない私に出席番号は与えられなかった。それでも学業に力を入れたことが功を奏し、退学といったことにはならなかった。
 結局、落ちても上がっても何も変わらなかった。たった一つの望みさえも許されない、登校する意味も勉強する意味もわからない。学校に行く理由なんて何もなかった。
 なかった、筈なのに。
 あの日感じた風が、見上げた空が、勇気づけるように優しく背中を撫ぜるのだった。
 食べかけのパンをおジュースで流しこんで、家を出た。吹き抜ける春の風が冷たく感じて、ブレザーの裾をぎゅっと引っ張る。どうせ何も変わらない、そう頭の片隅で考えながら。
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