第1章 10秒だけの恋
視線が交わったのは、ほんの、一瞬だった。
ただその1秒の間に、今抱えてる気持ちを
全て見透かされたような気がした。
急に、恥ずかしさと申し訳なさが込み上げる。
それから、いつもは、感じたことのない、
いや、私自身が目をそらし続けている、
あの人の男らしさが全身を駆け巡り、
上手く会話ができなくなった。
エレベーターに乗り込んで、
1階のボタンを押す。
誰もいない空間に、二人っきり。
たった 10秒のデート。
いつも、私はこう思っていた。
「よく、会うなって思わない?」
私が返事をしなかったためか、
もう一度あの人が私に問いかける。
「主任とですか?うーん。そうですかね。」
そうですね。なんて言えなかった。
「会うよ。エレベーターのところでさ。」
私の返事に不満だったのか、なんとなく、
子供っぽい言い方で、ぐっと私に詰め寄る。
(近い)と内心叫んだタイミングで、
エレベーターが1階に到着したことを
告げ少しほっとした。
「じゃあ、お疲れ様でした。」
エレベーターの扉が開いて、
私は出口へ、あの人は1階の喫煙所へと
その歩を進める。私は半ば逃げるように
帰ろうとした。ところがあの人が、
忘れてたというような顔で呼び止めた。
「俺さ、エレベーターで会うの
楽しみにしてるんだよね。
癒しっていうかさ。
いつも、いるかな?って思ってる(笑)」
「え?」
「なんだよ、その驚いた顔(笑)
じゃあ、気を付けてね。」
不意打ちにもほどがある。
今日は神様のいたずらが過ぎる気がする。
さっき、私が感じた熱っぽさを持つ視線とか
さっきのあの人の言葉とか、きっと、
深い意味はないのかもしれない。
考えすぎなのは私の方だけで、おそらく
あの人は少しも意味を持たせてない。
だけれど、たった10秒の二人っきりの時間が
私を捕らえてしまって離してくれない。
あの人には、薬指の約束があって、
守るべき人がいて、大切な家庭があって。
そこまで、考えたら、涙腺がゆるんだ。
じわりと何かが滲んで、視界を遮った。
どうすればいいか、分からないから、
私は、またバカみたいに下降ボタンを見つめて、バカみたいにエレベーターを待つのだろうか。
おわり