• テキストサイズ

10秒だけの恋

第1章 10秒だけの恋



エレベーターを待っている時、
私はあの人も同じように待っている。
ここで偶然にも鉢合せしないかなって。
3年もあの人を見ていると、
だいたいの行動パターンは把握できるわけで。

まあ、エレベーターと違うのは、
ボタンを押しても、
必ず来るわけではないということ。


仕事終わり。今日は残業もなしで、
定時の18時に上がることができた。
エレベーターの前に辿り着くのは、
着替えを終らせて、15分後の18時15分。

いつもより、随分と早いため
帰りに駅ビルの地下で買い物でも
しようかなんて思案してみる。
そんな頭の隅で、あの人も
煙草休憩で下に降りる
タイミングだななんて思っていた。
まあ、図々しいにもほどがあるが、
こんなとき、神様がいたずらに
願いを叶えてくれたりする。


下に降りるボタンを押して、
静かにエレベーターを待つ。

会社のフロアがある4階に
エレベーターが辿り着くまで
どこの階にも停まらないでほしい。
あの人以外にやって来ないでほしい。
エレベーターのなかには
誰もいないでほしい。

なんて自分勝手な願望を込めて
光る下降ボタンを見つめる。



「お疲れ様。今日は早いね。」

ふと、背中から聞こえたのは、
私が願ってやまないあの人の声。
神様のいたずらに心臓がどきりと震えた。

「あ、お疲れ様です。」

少し疲れた顔で、あの人が私を見つめた。


「仕事もだいぶ落ち着いた?」

「そうですね。主任は今日も残業ですか?」


嫌みでも皮肉でもない自然な語り口。
時折見せる優しい笑顔。
仕事に対する真剣な眼差しとプライド。
子供や奥さんを大切にするところ。
それから、飲み会の時に見かける
羽目を外して騒ぐだらしないところも。

そんな思考とはまるで別人のように
口先はあの人と自然に会話している。
心の中では、今感じている偶然の幸せと
現実的な諦めの気持ちとが混じっていた。



エレベーターが来る。
中には誰も乗っていなかった。



「そういえばさ。」

「なんですか?」

「最近、ここでよく会うよね?」


エレベーターに乗り込みながら、
あの人が口に出した言葉に返せないでいた。
少しあの人がここに来る時間を
狙っているとは、冗談でも言えっこない。

その時、あの人と目があった。
そこに、考えすぎか、熱っぽさみたいなのを感じた。
/ 2ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp