第1章 プロローグ
固まったセブルスの体を抱き寄せて数分。大人しかった彼は突然、突き放すように私を引き剥がした。捕まれた左肩が鋭い悲鳴をあげ、思わず声を上げてしまう。
途端、眉間に深々と皺を寄せたセブルスは、何か思う所があるようで、そのままするりと首から手を滑らせて痛みの元を探り始めたようだった。
…非常に擽ったいのだけれど、尾を引く痛みの波をやり過ごすので今は手一杯。
「夏海……。」
耳に心地よいテノールボイスが、直ぐ近くで囁く様に名前を呼ぶ。瞑っていた目をうっすら開くと同時に黒が視界を覆ってゆき、僅かに呼吸がぶつかると共に塞がれる唇。
「っ、んぅ!?」
いつの間にか握り締めたままだったセブルスのローブを、反射的に押し返すものの思うようにはいかず。申し訳程度に添えられた拳を、所々に古いマメのある指先がそっとほどいて握り返してきた。
それはまるで恋人同士を思わせる様な、壊れ物を扱う様な…。けれど、決して離すまいという意志が触れ合う掌から感じ取れたから、どうせ夢ならばリリーの代わりにでもなってしまおうと。半ば思い出作り位の感覚で、彼の柔らかな舌先を受け入れてしまった。
「んっ、…ふ、はぁ…ぅ」
「…は、夏海っ」
クチュリと粘膜の触れ合う音と共に腰元にゾクリとした痺れを走らせると、絡ませたばかりの舌先を思わず引っ込めてしまい…。
あぁ。夢ですら経験の少なさが見えてしまうって、何とも虚しいなぁ。なんて。
それでも引っ込めた舌を追う事はせず、唇に僅かなキスを一つ落として離れていく彼の顔を見てしまえば、それでもいいって。
熱が籠る様な感覚を覚えた顔を見せまいと視線を逸らした所、少々荒っぽい抱え方で再び何処かへ運ばれだした腕の中。セブルスを見上げては、何度も何度も先程の甘さに酔いしれていく。
言葉が無くても感じてしまう。“愛しい”と貴方の全てが訴えかける、そんな顔。リリーの代わりだなんて…、忘れてしまうくらい真っ直ぐに見詰められた綺麗な瞳。迷い無く、何度も、何度も確かめる様に呟かれる私の名前。
こんな幸せ、2度と見られなくてもいい。でも夢の中の貴方だけは幸せであって欲しい。なんて、本家の最期を知っていてなお。私はただ、貴方の揺り籠の中で、そう願っていた。