第1章 プロローグ
退屈な毎日に、些細な幸せ。
「ぁ、いた。石田ーっ」
バイト先である映画館(正しくはシネコン)は営業時間を終え、見回りと閉め作業を進める中で、静まり返った館内にMGの声が響く。
「っ、…ちょ、大声出さないで下さいよ!ビックリする…」
「………お前、何年目だっけ」
「3年目入ってますね。」
突然の声に驚きはしたものの、見知った顔の登場に安堵してそのまま出入口の施錠を済ませてから、ゆっくりと振り返る。
「…………。」
「だぁー、もぅっ!何年居ても怖いものは怖いんです!!大体、昨日散々ホラー映画の話をしたのは、賀藤さんじゃないですか!……~っ、あーもぅっ、笑うなぁ…っ」
無言でじっと見詰められているが“3年も居てまだ怖いとか言ってんのお前。うけるー。”とでも言いたいのだろう。腹立たしいが、こんなでも上司の中では一番交流のある人。こういったやり取りも日常茶飯事だ。
「~~っ、ははっ。いや、悪かったって。」
ほら。こうして意地悪なこと言ってからかった後、いつだって少し垂れた目を優しく細めて、くしゃりと頭を撫でていく姿に私はどうしようもなく弱い。
「もぉ。
…それで?何か用事があったんじゃないんですか?」
僅かに乱れた髪を整えながら、反対側を見回っていたスタッフが待つ合流場所へ足を進める。
「あぁ、そう。石田、ハリポタ好きだよね?」
唐突に出てきた大好きな映画のタイトルに、足を止めて勢いよく振り返る。
「大好きです」
キリリと答えた途端、再び優しい笑顔で笑うMGが口を開いた。
「返却する前にフィルム確認で試写するんだけど、これから一緒に見る?」
「…一緒に?」
「1人で見るのは無理だと思って。この後予定があるなら別だけど、一緒なら怖くないだろ?」
こういう、こういう事をするから…。私が好きな映画も、私が恐れる環境も覚えていてくれて、私の好きなように。楽しめるようにさせてくれるから。
「他のスタッフには内緒な?」
優しく笑って、撫でてくれるその手に触れたくなってしまう。
「ええー、俺も見たい!」
小さく頷く寸前で待ちくたびれたのか、本日の相方がバックヤードから顔を出した。