第1章 オープニングトーク
_子供の頃、世界はもっと単純だと思っていた。勝てない勝負はなく、努力は報われるもので、全ては可能だと。
_ゲームなど、所詮は子供の遊びにすぎない。
部屋のなかで一人、絶対的強者イメージして少年は注意深く、コマを盤に置く。
だが、チェスという対戦型のゲームにおいて一人で行うというのはいささか周囲から奇異の眼差しを受ける。
それでも少年はゲームを続けた。
少年には、奇異の眼差しの意味がわからなかったから。
目を見据えれば_
対戦相手はそこにいたのだから。
少年より10ほど上であろう女性_薄ら笑いの彼女を。
_少年は思った。彼女は彼より強いと。
いつもは少年とさほど変わらない年格好の彼がいるのだが……
彼は不在のようで、その日は彼女がいた。
「君は、ゲームが好きなの?」
彼女がそっとコマを盤に置きながら発した。
好き……どうなのだろうか。
自分はいつも決まって負ける。それが当たり前のように。勝ち目など最初からないように。
それが_たまらなく楽しい。
「結果がどうであれ、勝つために思索する」
それが_少年の世界だった。
だが、世界は個人の世界を容赦なく蹂躙する。
_ふと。ほの暗い部屋がまばゆく照らされて、少年は窓に目を向けた。
赤く閉ざされたはずの夜空が白んでいた。
室内に飛び込み叫ぶ両親に手を捕まれ、少年は対戦中のチェス盤を抱き、そして。
一瞬にして世界は変わった。
少年の上に被さった黒く焼けた……
すっと、視界の端に見える機凱種。少年はチェス盤を持ち、駆けた。
この不条理で、理不尽な意味などありもしない世界を。
少年はその日大人になった。
世界は混沌で、必然などなく、偶然にだけ満ちていて。
子供の遊びに費やしている余裕など、何処にもないのだと_