第23章 (日)瑞穂ノ国 (史実寄)
「私は、歴史に揉まれる中で、何度も願ったものでした。幾度切望したか知れない。間違っているとわかっているのに、国や人を崩してしまうと結果が見えているのに、やらなければならない辛さは耐え難いものです。ならば、私が人になって国を動かせたらと…」
「………」
「浅はかな考えですよ。国を動かしたいのなら、国にはなれない。私は国なのですから、人にはなれないのに」
そんな根本的なこともわかっているのに願ってしまった、と自嘲気味に唇の端が上がる。
「本田菊という名前は、その時に考えたものです。人でない私が人となって国を動かしたがった愚かな思考の産物。その名前で呼ばれることは、私であって日本ではない何かを呼んでいることになる。…だから私は、国民にはそう呼ばれることが好きではないのです」
「そう……」
なぜこのひとは国でありながら人の形を持ち、考えることが出来、人と同じ様な思考を持っているのだろう。喜怒哀楽を表す目元、冗談も出る口、着物を着る所作、しょっぱいものが好きな所、繊細な指先、坐って、立ち上がって、歩いて、走って、どこもかしこもが人間臭いのに、その本質は人間離れしている。
こんなに理不尽な存在は無い。
「私を動かしているのは紛れもなくあなた方です。それをよく念頭において、仕事なり勉学なりに励んでいただきたい」
「うん。…がんばる」
「日本人は根を詰めてしまうのが難点ですから、ほどほどにね」
「ん」
それまでの深刻な表情は一掃されたように失せて、秋津はまた私の頭をあやすように一撫ですると、雑務を再開した。
私はどこか落ち込んだような気持ちになったまま椅子に坐ってその背を眺める。人であれと願って本田菊と名付ける秋津の姿を想像すると、無性に涙がこぼれそうになるのだった。
2013/2/10
(自己流の解釈です。諸説あります)