第3章 傷…
「お休みなさい、兄さま」
突然頬に触れた柔らかな感触に我に返ると、そこはもう智子の部屋の前で…
「あ、ああ…、うん、お休み」
咄嗟に返した言葉は、情けないことに震えていた。
「ぼんやりしたりして、兄さま変よ?」
智子がクスクスと笑いながら、硝子玉のような目で僕を見上げる。
「な、なんでもないよ、ちょっと考え事をしていただもう部屋にお入り? でないとまた母様に叱られる」
抱き締めたくなる衝動を、僕は智子の栗色の巻き毛を撫でながら、必死で堪えた。
「そうするわ。あ、兄さまはして下さらないの? お休みのキッス…」
僕の気持なんて知らずに、智子がまだ傷の癒えない頬を指差す。
その瞬間、僕の胸に矢が突き刺さったような…或いは銃で撃ち抜かれたような、鋭い痛みが走った。
触れられるわけがない…
僕の罪の証であるこの傷に、口づけをするなんて…
神様がお許しになる筈がない。
「だ、だめだよ…。智子はお嫁に行くんでしょ? だったら他の男に無闇にキッスをせがんだりしてはいけないよ…」
そうだ…
潤からの返事がまだとは言え、智子に結婚の話が持ち上がった以上、智子はもう僕だけの智子ではないんだ。
いつまでも僕の腕の中に抱きとめておくことは出来ないんだ。
「でも智子、すぐに結婚するわけじゃないわ? まだ随分先よ? それに智子…」
何かを言いかけて、智子がその瞼を閉じ俯いた。