第3章 傷…
一瞬チラリと照を振り返り、智子が渋々重い腰を上げた。
そしてスカートの裾をふわりと翻して父様に駆け寄ると、
「父さま、お休みなさい」
そう言って、父様の頬に挨拶代わりの接吻をする。
見慣れた光景とは言え、その愛らしい姿に、僕の胸がズキンと痛む。
「行きましょ、兄さま。智子をお部屋まで連れて行ってくれるんでしょ?」
智子が僕の腕に自分の腕を絡める。
「ああ、うん。父様、お休みなさい」
僕は父様に頭を下げると、早くとせがむ智子に引かれるように食堂を後にした。
「ねぇ、兄さま? 母さまが言ってらしたでしょ? 智子は普通の身体じゃない、って…」
二人で並んで階段を登りながら、智子が不思議そうに首を傾げる。
確かにそれは僕も気にはなっていた。
でもそれは…
「ほら、それは智子が病気だからじゃないかな? だから母様はそんなことを言ったんじゃないの?」
現に智子は、小さな頃から学校はおろか、屋敷の外へ出ることすら許されていない。
「あら、でも智子とっても元気よ? 父さまも母さまも、智子は病気だから、って言うけど本当にそうなのかしら?」
確かに、僕が見る限り、智子は健康そのもので…病気だなんて俄に信じ難くはあるけれど…
それに父様からも母様からも、智子の病気について詳しく聞いたことがない。
僕ですら知らないんだ、智子が不思議に思うのも無理はないのかもしれない。