第3章 傷…
一変してしまった空気に、それまで上機嫌だった父様の顔が険しくなる。
僕は居たたまれなさを感じて、隣に座る智子の手を握った。
智子は驚く様子もなく、僕の手を握り返すと、何かを訴えるかのような目で僕を見た。
今にも泣き出しそうな、寂しげな目…
あんなにも潤との結婚を夢見てはしゃいでいたのに、今はもう智子の顔には笑みすらない。
僕が母様に意見なんて求めなければ、智子にこんな顔をさせることはなかったのに…
ごめん…、智子…
僕を許して…
僕は握っていた智子の手をそっと解いた。
その時、食堂の扉が開き、照が深々と頭を下げた。
「お嬢様、そろそろお休みのお時間で御座いますよ」
「あら、もうそんな時間なの?」
照に言われて、思い出したように智子が壁の時計を見上げる。
僕も智子の視線を追うように、壁の時計に視線を向けると、時刻は当に九時を大きく過ぎていて…
いつもなら、智子はとっくに床に就いている時間だった。
「本当だ…。智子、もう休まないと…」
「いやよ…。だって智子まだ眠くないもの…」
珍しく智子が駄々を捏ねる。
きっと父様がいるからだ。
父様の前では、智子が少々我儘を言ったところで、誰一人咎める者はいないから…
でも…
「駄目だよ、智子。ほら、照の顔を見てご覧? 智子が駄々を捏ねるから、とても困った顔をしているよ?」
僕は智子の肩を叩きながら、こっそりと照に向かって合図を送った。